山刀伐峠  


芭蕉と曾良は元禄二年(1689)五月十七日の午前、この峠を越えて尾花沢に向かいました。


尾花沢
方面
赤倉
方面
峠名は、峠の形状がかつて山仕事や狩りの際にかぶった「なたぎり」という冠り物の形に似ていることに
由来すると言われています。
元禄二年(1689)、門人の曾良をともない最上町堺田にある封人の家に逗留した芭蕉は、おくの細道でも最大の難所と言われているこの山刀伐峠を越えて尾花沢に向かいました。
この道は三百年の時を越え、松尾芭蕉の旅を偲ぶ貴重な史跡となっています。
現在、山刀伐峠の山頂へは舗装道路(旧道)が整備されていますが、芭蕉がたどった”歴史の道”はそれとは別に遊歩道として整備されています。
この道は「ニ十七曲り」と言われているほどの曲がりくねった山道でうっそうとしたブナ林に覆いつくされ手つかずの自然が残っています。
コースは、かなり傾斜のきつい所もありますが、履物はスニーカーでも十分です。
山頂付近には駐車場、トイレが整備されています。又、頂上近くの子宝地蔵尊、子持ち杉、
山刀伐峠顕彰碑付近には簡単な休憩所もあり、ゆっくりとした時間を過ごすことができます。

 

赤倉方面 入り口付近
   
山頂駐車場・トイレ 山頂付近歩道
   
子持ち杉・子宝地蔵
   
東屋 山刀伐峠越記念碑
   
尾花沢方面駐車場付近