将星録リプレイ 大内義隆死亡、その後

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将星記リプレイ 第4回『大内義隆死亡、その後』

将星録リプレイ、第4回目です。前回、旧尼子家を滅ぼし、ひとまず内政でもしようかと思っていたのですが、大内家に不穏な動き有りってところなので、連戦になりそうです。

1558年4月が終わった状態の日本地図

今回の目標「大内家、山口城の奪取」

1558年5月 ふと画面を見てみると、大内家山口城から、安芸の国(毛利家)に向けて二軍が出陣しているではないか。これまで尼子家とばかり争っていた大内家が、尼子家が滅んだとばかりに毛利家に戦端を自ら開いてくるとは。毛利家との友好度は、かつて同盟を結んでいたから高いと思っていたのになあ。
急遽、月山富田城に向かっていた、元就軍を大内家二軍に対抗するために南下させる。毛利隆元を福光城から対大内軍対策の為に吉田郡山城に移動させる。その他の家臣、作業従事

8月 戦闘不参加の家臣作業従事。

大内軍との距離が、毛利軍の移動範囲ないに近づく。
山吹色が毛利軍です。赤が大内軍です。
赤:上部に位置している毛利軍から見て、一番近く側面を向いているのが大内義隆(兵五千)、正面を向いているが弘中、輸送隊が大内義長。
山吹:下部に位置している大内義隆軍から見て、一番近い毛利軍が毛利隆元(兵三千)、その後ろが毛利元就(兵五千)、画面はじにいる毛利軍が熊谷信直(兵三千)、福原貞俊輸送隊。

毛利元就軍、大内義隆軍の側面を突き、軍勢を壊滅させる。
戦闘画面からメイン画面に切り替わったところを見てみると、大内家当主、大内義隆が捕まったようだ。やっぱりここは斬首でしょう、ビシュ。最後の言葉が格好良かった。
かつて主と仰いだ西の雄、大内家直系の大内義隆が死亡したことにより、吉見正頼が後を継ぐ。しかし、この相続に反対してか、九州地方大内領中津城の杉重矩が独立する。
ここで不思議に思ったのだが、なぜ養子の大内義長が跡を継がなかったかということだ。やっぱり養子だからか?陶晴賢の方が良かった気がするが。
毛利隆元軍、弘中隆兼軍の側面を突き、軍勢を壊滅させる。弘中隆兼退却する。
前述した、大内二軍が壊滅したことにより、驚異は去った。幸いにして毛利軍の損害はほとんど無く、このまま作戦目標を大内家山口城攻めに決定する。
福光城から吉川元春(兵三千)にて、旧大内家山口城に向けて出陣する。

11月 毛利元就軍、旧大内家冷泉隆豊軍(三千)の側面を突き退却させる。(←左画面)
毛利隆元軍、大内家天野隆重輸送隊を襲い退却させる。他毛利二軍+輸送隊進軍。
大内義長を月山富田城に移動。安国寺恵瓊、作業を中断し月山富田城入城。その他の家臣、作業従事

12月 毛利隆元軍、開墾中の内藤隆春を襲い、家老へ昇格。←格好悪い昇格の仕方(苦笑)。他毛利三軍+輸送隊進軍。
安国寺恵瓊、吉田郡山城に移動。その他の家臣、作業従事


1559年

2月 旧大内家山口城(城郭Lv8)に攻撃を仕掛ける。出陣武将、毛利元就軍(五千)、毛利隆元軍(三千七百五十)、熊谷信直軍(三千)。
見ての通り(←左画面)山口城は城郭Lvが8ではあるが、城の構造が、攻めやすく守りにくいと言う構造をしており、Lv8でもなんなく落ちるだろう。さらに、元就、隆元は抜け穴を持っており時間もさして掛からないだろう。(同様の城に二条城等がある。)
城攻め 山口城内に出陣している武将は5人と多いが、いずれも足軽レベルが低く、ほとんど天守まで無視して進む。見ての通り天守の前には4部隊も配置でき、元就、隆元親子コンビで火攻めを連発し、5ターンを残して落城する。
捕虜処遇 内藤隆春−見逃す。弘中隆兼−登用する。冷泉隆豊−登用する。益田藤兼−見逃す。吉見(旧大内)家当主吉見正頼−まだ城が残っているので見逃す。
  福原、吉川軍山口城入城。その他の家臣、作業従事


山口城を奪ったことにより、中国地方における吉見家(旧大内)の勢力は潰えた。しかし、九州地方にはまだ拠点は存在している。本来ならば追撃戦として、九州地方に攻め入るべきなのだが、リプレイは中国地方統一までに決めているので、あえて攻めないことにした。

1559年 2月終了現在

ここまで