<資料>
「自由主義史観研究会」「新しい歴史教科書をつくる会」等の動きを憂慮する在
日朝鮮人のアピール
(略称「憂慮する朝鮮人」)

(1)私たちは「朝鮮人という呼称を、韓国籍・朝鮮籍・日本籍その他国籍の枠を超えた
、朝鮮民族の総称
     として用いる。
(2)私たちは、「呼びかけ人」(下記)と憂慮をともにする在日朝鮮人諸個人による、
自発的かつ自律的 なネットワークを形成する。
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アピール
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 昨年12月2日、小林よしのり、西尾幹二、藤岡信勝ら9名の呼びかけで、言論界と経済
界を中心に78名の賛
同者を集め、「新しい歴史教科書をつくる会」(以下は「つくる会」と略称)が結成された。
彼らは検定を
通過した七社の中学歴史教科書の近現代史記述が「自己悪逆史観」に貫かれていると決め
つけ、具体的には
「従軍慰安婦」に関する記述の削除を要求しつつ、「自国の正史」を回復せよと主張してい
る。こうした動
きは決して目新しいものではないが、日本社会にさらに広がる気配を見せている。
 私たちは、こうした動きを心から憂慮する。

 私たちは問いたい。彼らはなぜ「従軍慰安婦」問題の本質を、自分たちが勝手に定義した
「強制連行」の有
無の問題にすりかえようとするのか。彼らは、「従軍慰安婦」記述の削除を要求する前に、
日本軍兵士の性奴
隷にされた被害者たちの証言に一度でも耳を傾け、彼女たちの視点から当時を見ようとした
ことがあるのだろうか。
 彼らは関東大震災で殺された朝鮮人がいたことを認めながら、ごく少数の朝鮮人の命を救
った日本人警察署
長の固有名を挙げて、ヒューマンな「美談」に仕立てようとする(『教科書が教えない歴史』)。

「「ヒューマン」なるものへの信頼が決定的に崩壊したこの事件に向かい合うべきときに、
なぜ一日本人の「美
談」が強調されなければならないのか。
 彼らは日清・日露戦争をアジア侵略戦争と位置づけることに異を唱えているが、これらの
戦争が朝鮮を戦場に
して闘われたこと、その結果が日本による台湾や朝鮮などの植民地支配につながったことを
なぜ無視するのだろう

「従軍慰安婦」にせよ、戦争と植民地支配にせよ、彼らは「どの国も同じようなことをした
ではないか」と開き直
り、なんとかして道徳的免罪符を得ようとする。しかし、かりに他国が「同じようなことを
した」として、他がや
っているから自分もやってもいいことになるのだろうか。幼稚で安易な自己肯定のためのレ
トリックと言うほかはない。
 私たちの見るところ、「つくる会」等に同調している人々の歴史観には、男性中心主義・
国益至上主義・自国民
中心主義・英雄主義のイデオロギーが明確に現れている。そこには、自己に都合の悪い記憶
をすべて否認すること
によって「汚れなき」国民の記憶を鋳造し、栄光の国史=「正史」をうちたてたいと欲するナ
ルシスティックな心
理が働いている。

 在日朝鮮人である私たちは、たんに歴史の被害者という立場からこうした動きを告発する
という役割に満足しない。
「正史」の捏造によって抹殺される過去の記憶を受け継ぎ、それを客観化・普遍化する努力
によって開かれた歴史を築
いていきたいのでる。
 私たちは「つくる会」等の動きを、一部の特殊な人々のものだと軽視することはできない。
現に彼らの著作は書店に
高く積み上げられて無視できない多くの読者を獲得しており、一部マスコミは彼らの主張を
執拗に代弁し続けることで
世論を誘導しようとしている。最近では日本社会のいたるところから、「従軍慰安婦という
制度は存在しなかった」
などという声まで聞こえてくる。「従軍慰安婦」記述の削除を求める決議を採択する地方議
会も現れた。

こうした流れは、このまま放置すれば危険な排外主義に転化しかねないものであろう。日本社会はそれをくい止めるこ
とができるだろうか。私たちは彼らの言説や行動そのものよりも、現在の日本社会の中にそれを産み出し受容していく
素地があることに強い危機感を覚えるのである。
 すでに言われ尽くしたことであっても、それが真実であるならば、繰り返し言わねばならない。私たちにとって、日
本の近現代史はアジア侵略と植民地支配の歴史である。真実を隠蔽・歪曲しようとする人々の「歴史に対する暴力」を
許さない力強い声が、日本社会に広汎に喚起されることを切望するものである。
1997年1月20日
【呼びかけ人】〔かなだら順〕
金成鳳(コ・ソンボン:大学教員)
金富子(キム・プジャ)
金朋央(キム・プンアン:学生)
金栄(キム・ヨン:フリーライター)
徐京植(ソ・キョンソク:作家)
石純姫(ソク・スニ:大学教員)
宋連玉(ソン・ヨノク:大学教員)
慎蒼健(シン・チャンゴン:大学教員)
梁澄子(ヤン・チンジャ)
趙景達(チョ・キョンダル:大学教員)
*FAX:03-5998-6160
 
 *注:途中の区切りは、読みやすいように伊田がつけたものであり原文にはない。
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