最近の鉄道車両のうち「電車」のほとんどがVVVFインバータ車両と なっています。また電気機関車にもVVVFインバータが搭載されるように なりました。 このページではVVVFインバータのしくみについて説明すると共に、 この独特な音について迫ってみます。========= 目次 =============
インバータそのものの説明の前に、電車を動かす心臓部である「モータ」 について説明する。
モータの種類はその電源方式や、トルクを得る為の磁気回路の構成, 電源の接続方法等により多数あるのだが、直流直巻モータは低速度での トルクが大きく、高速特性が比較的優れており、速度制御が非常に簡単等、 他の電動機では得られない特性が鉄道に最適とされ、独断場であった。 その為に、今までは電車や電気機関車のモータと言えば直流の「直巻 モータ」と相場が決まっていた。 これは交流電化区間用の交流電車であっても例外ではなく、架線の 電圧を変圧器で降圧した後、整流器(交流専用車ではサイリスタにて 整流と電圧調整が同時になされる。)により直流に変換し、直流直巻 モータを駆動するようになっていた。 中には直巻回路と分巻回路を組み合わせた複巻モータが使用されている 場合(一部私鉄車両)もあるが、その場合も分巻回路は特性改善の為に 用いられるものであり、あくまでも、直巻回路が主回路となっている。 ところが、直巻モータには「整流子」という回転に応じて回転子のコイル (モーターの軸に直結したコイル)に流れる電流方向を切替える部品が あるのだが、回転体にブラシが接触するという構造上消耗が激しく定期的な 点検・清掃・交換が必要な事と、接触に伴い整流子が汚れるとフラッシュ オーバと言われるスパーク現象により過大電流が流れる不具合がある。 前者は3K(きけん、きたない、きつい)とも言われる車両整備作業の大きな ネックとなり、また後者は小型で高性能なモータを製作するのにネックと なっていた。
ブラシ交換等の定期的な保守が不要で、小型高性能なモータの中に 「交流誘導モータ」がある。このモータは構造が簡単である上に、軸受け 以外の消耗部品がなく、回転子には直流モータのようなコイルを必要と しない為に非常に堅牢であり、家庭用のみならず、工業機械用途でも広く 使用されている。 誘導モータは、その動作原理から2つ以上の位相の異なった交流電源を 必要とする。その為工業用では3つの位相差のある三相交流電源を使用した 三相誘導モータが使用され、家庭用では単相の電源からコンデンサ等により 位相差のある電流を作る等の工夫により誘導モータを回転させている。 しかし架線から得られる電力は、直流電化方式では直流の電力であり、 交流電化方式であっても単相の交流電力である。 直流の電力では誘導モータは回転しないし、交流であっても単相の電力 である為に、三相用の工業用モータを直接動かす事は出来ず、また家庭用 モータのようにコンデンサ等の簡易な方法で位相差のある電流を作る事は 大電力用途には向かない。 またモータを動力として電車を動かす為には、モータの速度の可変が スムーズに出来る事が不可欠であるのに、誘導モータの回転数は電源の 周波数への依存が大きい。従って誘導モータに架線の一定の周波数の交流 電力を与えたのでは速度の可変が出来ない。 さらに発車時のように速度0から起動する場合、直接モータの定格電圧を 与えると大電流が流れてしまうが、直流直巻モータのように抵抗等で電流を 制限してしまうと出力トルクが極端に減少してしまい、起動すら出来なく なってしまう。(もちろん変圧器で電圧だけを変圧しても同じである。) そこで、モータの回転数が低い時は電源を周波数を低くするとともに 流れる電流を押さえる為に電圧(電流)を低速時のトルクが確保できる 程度とし、回転数が高い時には周波数を高めるだけでなく電圧を より高くする事により高速特性を改善出来る。 つまり周波数と電圧を制御してモータに与えれば低速トルクと高速性能を 両立する事が出来る。 また周波数をリニアに可変できれば、回転数(すなわち速度)の制御も 自由に出来るようになる。 以上のように架線の電力を単に変圧しただけでは、誘導モータで列車を 動かす事は出来ないが、架線の電力をモータの回転数に応じた交流電気に 変換すれば、誘導モータでも鉄道車両用に使用可能となる。 また電圧・周波数を変換する際、3つの位相差を持つ三相の電力に変換 する事で、構造の簡単な三相誘導モータを使用可能となる。
交流誘導モータと同様、ブラシ交換等の定期的な保守が不要な モーターに、交流同機モーターがある。 このモーターは電源の周波数と回転数の関係が負荷にかかわらず 比例関係にあるという特性を持っている。(前述の交流誘導モーターは 負荷が大きいと回転数が若干低下する。) 制御方法は誘導モーターと同様、周波数と電圧を制御する必要がある。 回転数と周波数の関係が完全に一致する特性から、各車両の 車輪径のばらつき(摩耗状況の差)を考慮すると周波数の制御が 難しい方式であり、使用例は多くはなく、ヨーロッパの高速鉄道の 中に使用例がある程度である。 なお国内では、低速での連続運転が容易な事から、ギヤを使用せず 直接車輪を駆動する事を目的に、JR東日本が次世代の通勤電車を 目指して開発した「ACトレイン」という試験車に採用され、 現在試験が行われている。
三相誘導モータや同機モータを鉄道の動力として使用する為には、 モータに最適な周波数・電圧の電気を与えれば良い事は今説明した通りだが、 架線からの電力と、モータが必要とする電気が異なる為に、電気を変換する 装置が必要となる。 その為の装置が「インバータ」である。 直流の電力を交流の電力に変換する装置をインバータ(逆変換器,inverter) と言い、周波数や電圧が可変できる事がVVVF(可変電圧・可変周波数, variable voltage,variable frequency)の語源である。 まとめると、「VVVFインバータ」とは、電車のモータを動かす電力を 制御する為の装置の一種で、周波数・電圧を可変可能な交流電力への変換装置 である。 三相誘導モータを動かす為に、インバータ装置により作られる電力は、 三相の交流電力であり、モータの回転数や出力に応じてその電圧や電流を 可変できるしくみとなっている。 余談になるが、電力分野の「電源」の世界では他にはCVCF(定電圧・ 定周波,constant voltage,variable frequency)方式インバータや、VVCF (可変電圧・定周波),CVVF(定電圧・可変周波数)等のバリエー ションがあるが、鉄道の主回路として用いられる事はない。 但し、車内の交流電源用としてCVCFインバータが用いられたり、 クーラーの制御にVVVFインバータが使用されている。 VVVFインバータの中には、「ベクトル制御」と呼ばれる方式があり、 モータの電流を「磁束成分」と「トルク成分」という2つのパラメータに 分けて制御する方式との事。 (詳細はまだ理解しておりませんので、インバータに関する専門書を ご参考にいただきたい。)
インバータ装置は、モーターを動かす為の大電力を、高速かつ緻密な パルスでオンオフして制御する事が要求される為に、装置そのものが 大掛かりとなり、以前は費用がかかり過ぎて実現がなかなか出来なかった。 その為に三相誘導モータに取換える事が出来ず、「整流子」に関する欠点が あっても直流直巻モータを使い続けるしかなかった。 ところが近年になりマイクロコンピュータ技術と、大電力エレクトロ ニクス技術の進歩により、小型で比較的安価なインバータの製造が 可能になった。また車両自体が高性能が求められたことと、保守費用削減の 時代の流れから、交流三相誘導モータをVVVFインバータにより制御・ 駆動する方式が広く使用される事になった。 VVVFインバータの開発に当たっては路面電車等を手かがりに実験が 続けられ、当初は在来線仕様の直流普通電車から実用化された。 その後、徐々に新幹線や特急車両,電気機関車等といった高性能を要求 される新製車両のほとんどにVVVFインバータ制御方式が採用される ようになり、現在に至っている。 (但しこの風潮は「電車」が多い日本国内独特な事かも知れない。) 更にインバータ装置が安価に製作できるようになった事から、路面電車でも VVVFインバータ制御方式が採用されている。 また最近話題となっているリニアモーターカーに使用されるリニアモータ の中にも、誘導モータに分類される物があり、駆動の為にはVVVF インバータ(周波数を変換する為、サイクロコンバータと呼ばれる事も ある。)が使用されている。
VVVFインバータを正しく動かすには直流の一定電圧の電力を必要 とする。直流電化用車両では架線の電圧をそのまま利用するが、交流電化用 車両では架線の電圧を制御しやすい電圧に変圧した後に整流器等により直流 に変換する。(後者は、コンバータ・・・順変換機・・・とも呼ばれる。) こうして得られた直流の電力を元に三相の交流電力に変換する。 その方法は、直流の電力を正弦波の波の高さに応じた幅のパルスで刻み (これをPWMと言う。PWMの詳細は後述。)またプラスとマイナスは 電流を流す方向を反転するしくみとなっている。 更に位相差120度づつずらした上記回路を3回路用意し、その出力を 平均化すると三相の交流電力を得る事が出来る。 そうして得られた三相交流の電力で、三相誘導モータを駆動する。 これがVVVFインバータ車両のしくみである。 このようにVVVFインバータ方式の車両は、交流誘導モータを 駆動する為に架線から得た電力を一旦直流に変換し(但し、直流電化用の 車両についてはこの回路は無い。)、インバータ装置により直流の電力を 交流の電力に再変換する複雑な電力回路を有するようになった。
直流の電力をパルスを高速でオンオフし、その出力を平均化すると、 オン時のパルス幅に応じた電圧の電力を得る事が出来る。 たとえばオン・オフのパルスの合計時間(周期)が一定という条件で、 オン時のパルス幅が短くオフ時のパルス幅が長い場合はその出力の 平均電圧は低くなる。逆にオン時のパルス幅が長くオフ時のパルス幅が 短い場合は出力の平均電圧が高くなる。 このような方法で、入力の一定電圧を、出力したい電圧に応じた幅 (width)のパルス(pulse)で刻む(変調,modulation)事を、パルス幅変調 (pulse width modulation,略してPWM)方式と言う。
PWM方式により単純に直流の電圧を制御している鉄道車両としては、 旧国鉄製(JRが引き継いで使用している)201系電車がある。 この電車は直巻モータが使用されており、架線からの直流電圧をモータに 与える前に、PWM方式でサイリスタスイッチをオンオフして モーターに与える平均直流電圧(電流)を適度に調整する事で、速度を制御する しくみになっている。 (実際には「電力回生」という、減速時にモータを発電機にして得られた 電気エネルギーを架線に戻すという仕掛けがあるが、ここでは省略する。 「電力回生」は一部を除いたVVVFインバータ車両でも行われている。) 201系電車は、サイリスタでスイッチングを行う事から「サイリスタ チョッパ」方式とも呼ばれているが、その波形はPWMそのものであり、 発車直後や停車直前に車両から聞かれる「プーン」という音はPWMにより 副次的に発生した音そのものである。 参考) 交流電化区間で使用される「サイリスタ位相制御」方式は、PWM方式と 非常に近い制御方式である。 この方式はサイリスタというスイッチング素子により交流の波形そのものを 「切り取る」事で平均電圧(電流)を制御するというもので、交流の波形の 決まったタイミング=位相で、サイリスタをONする制御を行う事から その名が付けられている。
VVVFインバータに使用されるPWM方式は、上記の考えを更に 進めたもので、正弦波の波の高さに応じた幅のパルスを使用する事で、 直流の電力から交流の波形である正弦波の波形の一部を合成するものである。 正弦波の波形一周期を整数分の一毎の時間で区切り、それぞれの瞬間の 電圧に応じた幅のパルスを発生させ、それを時間の経過に応じて繰り返す。 そうして得られたパルス列を平均化すると正弦波の一部の波形が得ら れる。さらに正弦波のプラスの半周期とマイナスの半周期を電流の方向を 変える事で合成する。 このようにして、PWM方式により正弦波を合成するのである。 この時に、正弦波の各瞬間に当たるパルスの幅を一律に広めにすれば 出力される正弦波の電圧は高くなり、パルスの幅を狭めにすれば電圧は 低くなる。 また元の正弦波の周波数を低くすれば、出力される正弦波の周波数も 低くなり、周波数を高くすれば出力される周波数も低くなる。波形例
最後に、なぜPWMといったパルスで刻むという面倒な処理が必要か という疑問が残るかも知れない。 これは、オンとオフの中間 すなわち抵抗を持った状態を使用すると、 電流が流れた時に熱が発生して効率が悪いのに対し、オンとオフの2状態 のみを使用すれば発熱を少なく押さえる事が出来、効率の向上が可能な為で ある。 (理想素子であれば発熱が起らない事になるが、この辺は現実の素子との ギャップである。) 前者は、鉄道車両で言えば「抵抗制御」方式そのものである。 抵抗によりモータに流れる電流を制限する構造になっているが、電流が 大きければ発熱も大きくなり、発熱を冷やす方法が問題になる。実際には ファンにより主抵抗器の発熱を冷やすようにしているが、車外に大量の熱を 発散している事から見てもわかるようにエネルギー効率が非常に悪く、 運用経費(電気代)のみではなく環境面でも好ましくない。 そこでスイッチのオン・オフを短時間で繰り返し、パルス状になった出力 電流をコイル(インダクタ)により平均化する構造が考えられた。 スイッチをオンして電流が流れ過ぎたら(電圧が上がり過ぎたら)オフに 戻し、電流が下がり過ぎたら(電圧が下がり過ぎたら)再びオンする事を 短時間に繰り返す。この出力にコイルを入れる事でオンした時には徐々に 電流が増え、オフした時には電流が徐々に減っていくようになる。 スイッチがオフの状態は当然ながら、オン状態であれば電流が流れても 発熱は起らない。またコイルは内部抵抗がなければエネルギーを消費しない のである。 実際にはスイッチを行う素子にも抵抗がある他、オン・オフ時の過程での 発熱があったり、コイルの内部抵抗による発熱があったりするが、それでも 抵抗で電流を制限する方式と比較すると、発熱が格段に少なくなる。 (すなわち効率が良い。) 効率を追求して採用され、発展してきたのが、PWMによる電力 スイッチング技術なのである。
誘導モータを駆動する電力は騒音やモータ自身の損失等の面で正弦波で あるのが理想なのだが、インバータにより作られる電力は、電力変換時の 効率及び制御の面で直流をスイッチングして得られるPWM波形による 擬似正弦波である。 この擬似正弦波の波形を得る場合、正弦波の周波数(すなわち、モータの 回転数=列車の速度に比例)によってスイッチング素子のスイッチング速度 を超えないように、正弦波1サイクル当たりのパルスの数が調整されている。 この1サイクル当たりのパルス数が何パターンかあり、列車の速度域に より自動的に切り替えられる。このパルス数のパターンが「パルスモード」と 呼ばれており、そのパルス数のパターンが変わる事が「パルスモードが 変わる」事で、そのモード(パターン)の数は車種(インバータ)により 異なっている。波形例
上段:PWM波形を合成する為の元の波形 紺色が三角波,黄色が電圧が低い場合の正弦波,ピンクが電圧が高い場合の正弦波 下段:PWM波形の合成結果 紺色が電圧が高い場合,ピンクが電圧が低い場合
インバータで作られた擬似正弦波であるが、正弦波部分の周波数は モータの回転に合わせられている。(実際には加速時にはモータの同期速度 より高い周波数に、減速時には低い周波数になる。) その為正弦波部分の周波数は基本的に車速に単純比例するのみである。 ところが、擬似変調波を作る個々のPWM波は、正弦波1周期当たり何 パルスかあり、パルスモードによりそのパルス数が異なる。 PWM波そのもののパルスは正弦波1周波との時間比率で作られるが、 同じパルスモード内では正弦波の周波数と比例関係である。 PWMによる変調音が人間の耳で聞こえる周波数である事と、合成される 擬似正弦波波形の周波数が列車の速度により変わる事、そしてパルスモード が変わる事が合わさり、自動車がギヤチェンジしながら走っている音も似た、 インバータ車両の独特な音が生まれるのである。周波数,回転数,パルスモード,キャリア周波数の関係
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