天養寺観音堂
大同年間(806年-810年)に飛騨の匠によって一夜で造られたと言い伝えられ,現存するものは室町時代に再建されたものと言われている。
中に安置されてある観音像と一体のものとして地域の住民から「お観音様」といって置賜33観音4番札所として親しまれ信仰されてきた。
お堂は1955年に県有形文化財(建造物),木造聖観音立像(もくぞうせいかんのんりゅうぞう)は1960年に県有形文化財(彫刻)として指定を受けた。また,中にある絵馬,1700年奉納の草摺挽図(くさずりひきず),1702年奉納の神人曳馬図
(じにんひきまのず)は1985年に町の有形文化財(絵画)に指定されている。天養寺本堂(現不動尊堂建立地)は1947年に焼失し,往時を語るものは詳細に残っていない。西方には恩徳寺発祥建立碑・山王神社・葉山神社等がある。
