memory

宇宙の移動そして第256代目女王アンジェリークリモージュの即位も無事に終了し、前女王アンジェリークとディアは、その夜は聖地にとどまることとなった。

「クラヴィス…まだ起きています?」

夜更けに闇の守護聖のもとを訪れたのは、その日を境に「女王」の責務から開放された彼女であった。「女王」として過ごした年月のため、その声は大人びたところはあるものの、女王候補時代そのままのきっぱりとした口調に、クラヴィスは私室の扉を開いた。

そこには、純白のドレスに身を包み、しかしなぜか顔をヴェールで覆ったままのアンジェリークが立っていた。

「お前は…。何故ここへ?」不審そうに尋ねるクラヴィスに微笑んでみせると、アンジェリークは静かに彼の私室へ入っていった。そして、ゆっくりと口を開いた。

「私は、あなたが思うほどには不幸せなどではなかったのよ。いいえ、幸福だったのかもしれないわ。なぜなら、立場の違いこそあれ、同じ宇宙を構成する力の一つとして、あなたと…クラヴィスと世界を見ていることが幸福だったの。でも、心残りがあるわ。」

そう言って、アンジェリークは少し悲しそうな顔になって言葉を続けた。「あなたは今回の試験中にアンジェリークに惹かれていた、でも。」クラヴィスの表情が「それ以上告げるな」と変わろうとしているのにかかわらず、アンジェリークはさらに言葉をつむぐ。

「あなたは、その想いに封印をして、結局アンジェリークが女王となったわ。だけど、私はあなたには「安らぎとしての闇」の守護聖として、いいえ、それだけではなく、一人の人間としても生きてほしい。幸福を手にしてほしかった。」そこまでの言葉を一息に告げたアンジェリークの口元に、クラヴィスの指がもうこれ以上の言葉はいらぬと伸びた。

 そして、「アンジェリーク、確かに私はあの金の髪の女王候補に惹かれていなかったといえば嘘になる。だが、それはお前に対する気持ちとは全く別のものだったことが、今はっきりわかった。やはり、私にとっての天使は、アンジェリーク、お前だけだ。」
「クラヴィス・・いえ、クラヴィス様・・。」


その夜、クラヴィスの私邸では、新郎と新婦2人だけの婚儀が執り行われた。


翌朝、すぐ近くにあるはずの愛しい女性の存在を今一度確かめようとしたクラヴィスの目に入ったのは、テーブルの上の一通の
手紙だけだった。

「ごめんなさい、クラヴィス。私も、ディアも本当はあの旧い宇宙におります。アンジェリークとロザリアの力を借りて、しばらくの間そちらに戻ることができましたが、思い残すこともなくなり、貴方たちの宇宙にとどまることはもう出来なくなってしまいました。
貴方には2度もつらい思いをさせてしまったようです。
私の最後の、本当に最後のわがままです。過去を見ずに、断ち切ってしまってください。
本当にさようなら。 アンジェリーク」

数日後。クラヴィスの髪が切られ、守護聖や聖地の人々の間にちょっとした騒ぎとなった。



後に「アルフォンシア」と「ルーティス」の中にクラヴィスは在りし日のアンジェリークやディアの存在をかすかに読み取っていたという。しかし、そのことは彼が髪を切った理由とともに、永久に語られることはなかった。



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