第26話 陽炎

社内のある人に聞いた話です。かなり前のことだと聞きました。



その日、彼は家路を急いでいた。

仕事が終わってからゆえ、時間はとっくに真夜中。

道路を行き交う車はあまりなく、時間はかなり余裕があった。

それでも用事が気にかかり、山間の道路へ入って行った。

その道路へ入ると、30分以上は余裕を持って移動できる近道だ。



通い慣れた道だったし、山間の道路ゆえか

彼の他に車は全くなかったそうだ。

やがて、行く先にはクランク状の曲がり道と

緩いカーブがあるところへさしかかろうとした。

ガードレールは所々にしかない。その先は、さほど高くもない崖と田圃があった。

順調に進むその先に、彼は、ふと違和感を感じた。

そのクランクの突き当たりに、陽炎のようなものが立ち上っているように見えたのだ。

”こんな夜に陽炎?”

その場所までまだまだ距離があったのだが、「陽炎」の様なものはハッキリ見えた。

怖かったが止まりたくないと思った。行き交う車が全くないところに止まりたくなかった。

彼は気にしないようにと心で言い聞かせながら、だんだんとその場所へ車を走らせた。

近づくにつれ、「陽炎」のカタチが分かるようになった。

彼は息をのんだ。

そこにいたのは、おかっぱ頭の小さな女の子の後ろ姿。

かすりの着物に冬物の上着...ちゃんちゃんこ様なものを着ていた。

姿がハッキリ見えたら、彼に恐怖心が浮かんだ。

生きている人間とは思えなかった。まして頃は夏真っ盛り。

あきらかに冬の格好をしたその子供が怖かった。

”振り向かないでくれ。来ないでくれ。”

祈るような心持ちで場を通り過ぎた。

通り過ぎると今度は気になった。

そっとルームミラーで後ろの景色を見ると

女の子は振り向くことなく、陽炎のようにすぅっとかき消えていった。

彼は真っ暗な中、車を駆った。ひた走りに走った。