第29話 闇

知人から聞いた話。



彼女はその日、帰宅する時間がいつもより遅くなった。

いつもなら夕方のラッシュ時に帰るのだが

たまたまその日は、22時を過ぎた頃になった。

家までは車で約1時間30分程かかる。

時間が遅かったせいか、自分の車以外

走っている車がなかった。

山間の暗闇の中。

彼女は取り締まりも何もない国道の一本道を

時速100q/h近くものスピードを出して(笑)いたそうだ。



数本目のトンネルへ入った時のこと。

それまで、自分の車以外に

何も走っていなかったはずだったが

トンネルに入った途端

後続車が現れて、自分の車の後ろにピタリとついてきた。

いきなリ後ろに車のライトが点いたので、彼女は焦った。

が、取り締まりの車ではなかったらしい。

時速は相変わらず100q/h近く出していた。

「いつの間に来たんだろう?」

彼女は不思議に思っただけだった。

後続車は、まるで

彼女の車を煽るかのように、ピッタリとスピードを落とすことなくついてきていた。

後続車はライトをアップにしたままだった。

赤い色のスポーツカーっぽい車。

「うっとーしーなー」

ライトが眩しいし、後ろにピタリとくっつかれるのがイヤだった。

そう思いはしたものの、トンネルの中であり

かなりのスピードを出していたので

そのまま、長い距離のトンネルを走っていた。



...と

長いトンネルを抜けた途端

彼女の後ろにピッタリとついていた車のライトが

ふっ...とかき消えた。

「あれ...どっか行ったのかな?」

彼女は不思議に思った。

トンネルを出た所には、他へ行ける道路も何もない。

かなりのスピードを出していたが

後続車が止まった様子や

ライトを消しただけといった感じではなかった。

そう...まるで

最初から何もいなかったかのように

彼女の車の後ろには

ただ山間の闇があるばかりだった。

彼女は不思議に思っただけで、そのまま家路を急いだ。



後に、彼女は言った。

「あの時は何も考えなかったけど

よく考えたら不思議なんだよ。

なんであんな暗い中で、『赤いスポーツカー』ってわかったのか。

私、ハッキリ後ろが見えたわけじゃないんだよ。

見えるわけないんだわ。

ただ、ライトが眩しいしうっとーしーって思っていたら

なんとなく『赤いスポーツカー』って思ったの」



嫌な予感がした。

私は聞いてみた。

「トンネルのどっちかの出入り口に、花束とかなかった?」

答えは「あった」そうだ。

そのトンネル内で、車が壁にぶつかって大破した事故があったらしい。



闇にかき消えた車のライト。

スピードを出しすぎていた彼女への警告か。

同じ様なことを起こそうとした悪意か。

そもそも、その事故が関係していたのか。

知る由もない。

ただあるのは、闇が広がるばかりの景色だけ...。