何もない粟島編
平成11年5月4日
前の晩から小国に泊ったWとSと共に新潟県に向かった。初めは佐渡島の予定だったが、予算の都合と、秘境に行きたいとの願いから、粟島となった。Wには行くまで行き先は告げられなかった。
113号と7号の合流点を右折し、北上した時点で粟島か笹川下りと踏んだらしい。さて、粟島汽船のターミナルでは乗船申し込みの職業で公務員と丸できるのが良かった。フェリーは高速と普通があり、普通は2等1830円であった。じゅうたん敷きに座るという、オーソドックスなパターンであった。ちなみに1等は、しきられており、毛布と枕があったが大差はなかった。
内浦港に着くと旅館のおばちゃんが旗を持って立っていた。明日は遊覧船は無理だろう、という事で1200円を出し、島一周の遊覧船に乗った。所用時間は55分ほどで、途中、一個所に寄る。そこまでは人が少なかったのだが、そこで15人ほどが乗り込んだ。後ろの方は波がすぐそこまで来るように切ってあり、ちょっと面白かった。一周した後、またおばちゃんがやってきたが、車がぼろぼろで楽しかった。車内で「貸し釣竿での釣りは何が釣れますか」と聞いたら「この時期はほっけ」と言うのでおお、と我々は喜んだが、「釣れますか」と聞いたら「釣れない」とのことだった。また「粟島は何もないよ」と言っていた。とりあえず我々3人の貸し切りとなった旅館に着き、部屋に荷物を置いた後、浜に釣りに出た。
貸し釣竿は1000円だったが、「明日返してもいいよ」と言う事で、損なのか得なのかわからなかった。ミミズに足がたくさん生えたような虫15匹くらいを500円も出して購入し、釣りにでた。記念すべき第一投を投げたWはいきなり引っかけ、針が取れた。しかし貸し竿やに交渉に行くのは私の役目らしかった。しかし、近くの釣り人に、落ちていた釣り針を紹介され事無きを得た。
しかし旅館のおばちゃんの言う通り、釣れないまま我々は旅館に戻った。近くの土産物屋で土産を買い、つまみとして干しイカと鮭トバを買った。干しイカはあぶって食べると塩辛のようでうまかったが、少ししょっぱかった。そのうちに夕食になったが、1泊2食付き6500円なので期待しなかったが、豪華だった。タイのなどの刺し身、タイの煮物、焼いたタイ、タイが一匹入った吸い物、漬け物、などで、かなり根性が無ければ全部は食べられなかった。結局私はご飯3杯、wは4杯食べた。残ったご飯にタイ汁をかけて雑炊にしようと思ったが、とても食べられなくて残してしまった。それからは3人でマージャンをしたが、私が1位で勝負はついた。夕食時にビール(600円)2本を呑んでいたので、0時前に就寝となった。
5月5日
朝ご飯は、弁当形式で、ハムや目玉焼きといった、無難なものだったが、かなり量は多く、1時間以上を朝ご飯にかけてしまった。
おばちゃんの車で港に送ってもらい、土産物屋で土産のお菓子をかった。帰りはジェット船だったが、ちょっと揺れて、気持ちが悪かった。横に揺れるので、船に弱い人は真ん中に乗るべきだった。また、席はあるが自由席なので、もうちょっと早めに行った方が良かった。1時間弱で本土に着くのだが、船内ではテレビでDO−!?なってるのを久しぶりに満喫した。
本土では、小国廻りと鶴岡廻りに意見が分かれたが、金太郎寿司に寄るという事で鶴岡廻りになった。もちろん運転は私だ。道の駅朝日に寄って、無料でわたあめをもらい、村上のJUSCOに行った。その酒売り場では、試飲でほろ酔いかげんのWがワインを4本も買うという暴挙に出た。
鶴岡では新しく出来た農学部の近くの金太郎寿司に寄っての昼食となった。Wはここでも300円のねたを連発で注文し、一人で4000円近く食べるという暴挙にでた。金持ちは違う。この後も私の運転で寒河江に向かい、無事粟島旅行が終了した。
完