20代最後の屋久島旅行編
<<<ハンカチを用意して下さい。>>>
↓ちょっとずつ区切ってお読みください。
11月26日
11月27日
11月28日
11月29日
11月30日
平成14年10月15日
近所の本屋から屋久島のるるぶを購入。写真で見ても緑の深い魅力的な島のようだ。
平成14年10月後半
渋谷君が行けないことが判明。かなり迷ったが、一人でも行くことにした。
平成14年11月上旬
HPでツアーをいろいろ探すが一人だと条件がかなり厳しくなる。トレッキングツアー付きツアーは全滅。個人的にガイドに当たるしかなさそう。
平成14年11月7日
旅行の予約がとれた。羽田屋久島の往復航空券と3泊分のホテル代で72,400円だった。南西旅行開発株式会社というところにお世話になる。いよいよ現実味が出てくる。毎日家の階段を上り下りしてちょっとずつトレーニングする。どれくらい有効なのかはわからんが。20回往復すると、かなり疲れる。アミノ酸をとりながらの訓練だ。
平成14年11月23日
スポーツゼビオで肌着4800円、グローブ2200円、帽子3000円、靴下と1700円で買ってくる。すべてブレスサーモである。汗を吸収することで発熱して温かいらしい。最新?科学の賜物である。ついでに食べる酸素やアミノ酸を買ってくる。いいものだが高い買い物だった。なお、トレッキングシューズは10290円で、スポーツゼビオより11月9日に購入した。
平成14年11月24日
山形羽田を往復するための新幹線の切符を買いに行く。山形北JUSCOのJTBに行く。しかし、新幹線往復と前泊一泊ならTYOのほうが断然得、と思って話を中断して山形駅に行く。しかし、びゅうプラザは営業時間を過ぎていた。よく考えてみると26日の深夜は夜行バスでもいいのかな、と思った。それに新庄発なら寒河江からも乗れるし、独立シートだ。ためしに空席照合しようと浜松町の深夜窓口に電話すると、当日分しか照会できないという。明日また電話しよう。
平成14年11月25日
仕事がおそくなったためJTBに行けず。
平成14年11月26日
いよいよ出発の日だ。といっても最終の新幹線で上京して今日は蒲田に泊まる予定になっている。が、しかし、いろいろなことが重なり、いきなり帰宅が遅くなってしまった。家に着いて3分でしたくして天童駅に送ってもらうも、途中で忘れ物に気がついた。どう考えても新幹線に間に合わない。泣く泣く夜行バスの空席を調べようと山形交通の寒河江営業所に行ってみると、「今日の席は8時までにしかわかりません。どうしても知りたければ新庄営業所に電話してみるといい、」と言う。新庄営業所の番号を聞いたが電話は貸してくれなかったので、自分で電話してみた。「空いているのでいいですよ。今度から予約は8時までにおねがいします。」という。「助かった!」と思って予約し、一時家に帰った。さて、気を取り直して2時間後、一龍というラーメン屋でビールとチャーハンを食べる。今日はあまり寝られないからだ。バス停留所の前のFamilyMartでのど飴などを買っていると、同じような旅行者風のおじさんもおにぎりなどを買っていた。
さて、東北急行バスに乗り込みだ。10人ほどのお客さんがバスに乗り込もうとするも切符を持っていないので後ろで待っていると、わたしの前のおじさんも切符を持っておらず、車掌さんに現金をわたしていた。わたしも6470円を渡して薄暗い照明のついた車内に乗り込むと、一箇所だけ二人用シートが二つともあいている。その他の席は二人とも、もしくは一人が占領していた。あぶない、ぎりぎりの人数だ。まさか、「すみません。ここいいですか。」と気の弱そうな青年に声をかけるのもいやだったから。寒河江を出ると照明が消されるのでいそいで支度をしていると、消されてしまった。寒河江ICから山形自動車道に入る。よる、うとうとしていてふと目を覚ますと一箇所目の休憩場所、国見SAの到着するところだった。減速に従いバスのエンジンの調子が下がるのでなんとなくおきてしまうのだ。しかし、車掌はいつもと変わらず「国見SAです。○時○分の出発です、」と声は小さいのだが大きなボリュームでしゃべっていた。いつも思うがこれは何とかならんものか。それほど利用しているわけではないが。またうとうとしてふと目を覚ますと二箇所目の休憩、那須高原SAだった。放送がうるさい。ふと目を覚ますと三箇所目の蓮田SAだった。深夜バスはたいがいこの3箇所で休憩するようです。さて、次に目を覚ましたのは東京駅前の停留所だった。ここで8割がたの人は起きるが、わたしはどうせ時間があるのだし、羽田空港に向かっているので降りずにのっていた。浜松町到着は予定600を515だった。いつも予定より早い。が、山手線は動いている。いつもは山手線に乗り込んでどこかに行くことが多かったが、今回はモノレールなので、どういう風にいくと乗り場なのか分からなかった。駅員さんに聞いて乗り場に向かうのであった。
東北急行バス(TOKYOサンライズ)寒河江2308→浜松町バスターミナル600
平成14年11月27日
東京モノレール(浜松町534→羽田空港556)
羽田空港駅には、モノレールsuica12月1日発売2000枚限定、の文字があり、ほしかったが、今日はまだ11がつなので、あきらめるより他はない。ポスターによると、京急は1か月くらい前から横浜方面と羽田空港が直通になっているそうで、遅いくらいではないか、と思った。羽田空港に着いたはいいが、飛行機の時間までたっぷりとある。座席指定をしてもらおうとカウンターに行くと、目の前の机にスーパーシートが1000円と書いてあるのが目に入った。「え!」と思ったが、ここは頼むしかない。「スーパーシートにしてください。」と眠い頭で言ったのがいけなかった。「かしこまりました。」と言った係の人に三千いくらかを払うこととなった。どういう仕組みなのかさっぱり分からなかったが、顔は笑ってこころで泣いた。とりあえず、カレーステーションというところに入り、ビーフカレーを頼んだ。カウンターの辛味のもとをたっぷりとふりかけ、「780円の味かい。」と思いながらも、おいしく頂いたのでした。さらに空港内をぶらぶらしていると、ヤフーカフェを見つけた。さっそく会員登録をし、ウーロン茶250円、パンケーキ350円を注文し、hpを覗いて書き込みをしてみた。これから屋久島に行くなんて信じられなかった。
さて、900になると郵便局が開く。わたしは羽田空港内郵便局行き、100円を貯金し、50円切手を購入、風景印を押してもらった。その後、ラウンジが開くのを待って、屋上に出てみた。次から次へと離発着するのは、さすが日本各地へのターミナル空港だ。結局1時間くらい飛行機を眺めていてしまった。今日はいい天気!絶好の屋久島日和である。カウンター横のテレビ画面には、「鹿児島7℃ 北九州10℃」などと各地の気温が表示されていた。
でも暇だったので、ツアーデスクで帰りの新幹線の指定をとってしまった。手数料もしっかり入り、11030円もした。しまった。
JAS373便(A300-600R)(羽田空港1040→鹿児島空港1230)
いよいよ飛行機の搭乗手続きが始まった。私はスーパーシートである。292人乗り飛行機の中で、12席しかない、スーパーシートである。右の窓際にドーンと構えるのであった。機長さんから「24000F、約7300mの高度で630km/hの速度でとんでいます。」などといった放送が入り、いよいようれしくなった。その時、女性客室乗務員さんが「お食事はお弁当とささずしとどちらになさいますか。」と聞いてきた。「なに、食事が出るのか」。ちょっとびっくりしたが、スーパーシートなので、「ささずしをおねがいします。」と余裕を見せた。「お飲み物はなにになさいますか。」とメニューを渡され、ジュース類、ワイン類、ビール類の15種類くらいある中からモルツビールを注文してしまった。気が大きくなっている。その後、スーパーシートでゆったりと食事を取っていると、「お飲み物をお持ちしましょうか。」と声をかけてくれたので、通の飲み物、「コンソメスープをおねがいします。」とお願いした。
スーパーシートでゆったりと読書などしていると、そろそろ鹿児島空港である。「気流の関係で到着時刻が遅れましたことをお詫びいたします。なお、防犯上の理由から、登場時間には余裕を持っておいでいただけるようおねがいします。」というアナウンスが流れた。コンソメは来なかった・・・。
羽田空港で乗り継ぎ手続きをしていたので、鹿児島空港ではちょっとゆったりとすることができた。ふと、テレビを見ると「まんてん」の文字が!偶然にも鹿児島空港で私ははじめてまんてんを見ました。感動しました。10分おきくらいに飛行機が離着陸し、見ていて飽きない。離島便がたくさん出ていて、表示を見ているだけでも楽しい。
JAC075便(YS-11)(鹿児島空港1300→屋久島空港1340)
YSは風前の灯である。小さいころのった記憶があるが、20年ぶりくらいのYSは怖かった。タラップを上がると、背もたれの頭の部分の布にMEN’S TBCと書いてあり、ちょっと笑ってしまった。空港にあるこいのぼりは竿と垂直になって元気に泳いでいる。座席は17×4列だが、客は14、5人だったので、隣の席に荷物を置いていると、客室乗務員が来て、「すみません、こちらのお荷物、本日ゆれが予想されますのでベルトをお締めください。」というのだった。「本日はあいにく風が強く・・・」という気休めのアナウンスが流れ、プロペラの音が一層うるさくなり、ちょっとずつ動き始めた。がたがたがたがたと走り、のったりのったりしていて「飛ぶの?」と思った。なんとか浮き上がった!上下にがたがたとゆれ、左右にがたがたと揺れる。なんで飛べるのか、本当に不思議だった。「大きく揺れても飛行に差し障りありませんので、ご安心ください。」とアナウンスは流れるが、メモに「はねおれる〜〜〜!!」とある。「ああ、今日じゅみょうだったんだね、というひよこ屋の気持ち」ともあるが、今となっては何のことだか分からない。徐々にも高度は上がっていくが窓がみしみしいっている。と、客室乗務員が、あめを持ってきた。「失礼します、おいくつでもおとり下さい。」というが、常識があるので3つだけもらった。ビタデカルというあやしいラムネみたいなので、ハイレモンの白とレモンの黄色が合わさったおかしだった。窓の外を見ると、なにやら島が見える。おお、あれが屋久島か!と思っていると、どんどん遠ざかる。どうやら桜島だったらしい。10分くらいで着くわけがなかった。
島はちょっとだけ雨だった。さすが林。。。(省略)。まず、なんといっても島の足、レンタカーだ。レンタカーナビという会社に電話してみた。ちなみに、PHSは役に立たず、Jフォンの携帯は使うことができた。「5分くらいで行きます!」と受付の方が言うので、ちょっと待っていると、空港前にはレンタカーの会社の人が4,5人いて、客を待っているのだった。ナビの人は「お待たせしました。お荷物は後ろにぞどうぞ。」と親切ていねいだった。車に乗せてもらって近くの事務所に案内され、「どの車がいいですか。」と言う。一人なので安い軽でもいいかな、と思ったが、父親の車として慣れているヴィッツにした。「明日一日トレッキングに行くので、車を使わないのですが。」というと、一日分をおまけしてくれた。明日も車は宿においていていいと言う。面倒がなくてよかった。係の人は助手席前のたなを開けて、「CDはここにありますので。」というので、何のことやら、と思いながら「はい。」といった。いよいよレンタカーの登場である。とりあえず、宿のある宮之浦とは反対方向に向かった。気分がものすごくいい。道はまっすぐなところはあまりないが、ゆったりとしていて走りやすい。快調快調。だが、快調すぎで山の中に入っていってしまった。そこにはミカンがなっていた。
安房の町にでた。安房郵便局と春牧郵便局寄っているはず。ここで、私が大好きな映画学校Wに出てきた風景はないかと探したのだが、見つからなかった。いけがめ薬局というところで風邪薬1575円。を購入。さりげなく映画のことを聞いてみたが、屋久島以外で撮影したことも多いそうで、情報は少なかった。探すのをあきらめて安房郵便局で100円を貯金するのだった。さらに島を左回りに進むと、平内海中温泉の看板が。ああ!と思い、車で海のほうに下っていった。狭くて急な道だったので、ちょっと怖かったが、なんとか車を止めていってみた。そこには35くらいのおじさんとおじいさんが入っていた。許可をもらって一枚写真を取らせてもらった。
ここまで来て入らないで帰る手はない。料金箱に100円(有志)を入れて、岩陰の(というか直径3メートルくらいの大きな岩の上、というだけ。丸見え)脱衣場を借り、温泉に入ってみた。ちょっとぬるいのだが、それはさっきまで海の底だったからだ。干潮のときだけ現れるという珍しい温泉だ。長く入っているとだんだん温まってきた。たまに魚が逃げ遅れて温泉の中で泳いでいることもあると言う。目の前が海で、すばらしい景色だった。入っているとちょっとずつ地元の人が集まってきた。やはり干潮の時間ちょうどに来る人が多い。たくさんの人数で入っていると、なにやらざわざわしてきた。集団がやってくるのが見える。ガイドさんが先頭だ。集団は一時停止し、ガイドさんが湯船に近寄ってきた。「すみませーん、ちょっと見せてもらっていいですか。」ここは観光名所にもなっているらしい。われわれは若干名を除き湯船から出ることもできず、30メートルほど向こうから見つめる観光客の目に耐えるのであった。若干名は気にせずに着替えを行っていた。「見てばっかりいないで一緒に入ればいいんだよな。」というおじさんの言葉が深く胸に刺さった。一向は10分ほど眺め、一部の人は湯船近くまで来てお湯の温度を確かめたりして帰っていった。景色はいいがちょっとぬるいし夕暮れが近づいたので、おじいさんたちにあいさつをして温泉を後にした。
とちゅうの名ばかりのコンビニエンスストアーしいばでほっかいろを購入。上のほうは結構寒いとの情報からだった。しかし、実際は必要なく、いつまでも私の部屋にある。
ホテル縄文は、宮之浦にある。今来た道を引き返して40分ほどだろうか。着いたときには暗くなっていたが、事前に送っていた荷物をフロントで受け取り、部屋に案内してもらった。テレビの映りがいまいちなのは離島だからだろうか。紅葉情報を見て、日本列島の長さを実感し、火山灰のためであろう、桜島の風向き情報を見て鹿児島県にいることを実感した。エコツアーの富永さんからフロントに電話があり、あしたよろしくおねがいします、とのことだった。いよいよ、と思うと胸が高鳴る。夕ご飯は、大広間に移動だ。私以外には中年夫婦と思われる方が食事をしていた。何かの卵(あとでトビウオと判明)、よくわからない刺身などが出たが味はよく、おいしくいただいた。
あすは、朝早くから出かけるので朝食を食べている暇はない。フロントで明日の朝食と昼食のお弁当をおねがいすると、一食600円で作ってくれるとのことだった。缶チューハイを自動販売機で購入して、明日の登山に備えて22時ころおとなしく寝るのであった。寝過ごすといやなので、テレビ、電気をつけっぱなして、携帯とPHSの目覚ましをかけて睡眠。
平成14年11月28日
朝は4時に起き、シャワーを浴びて眠気ざまし。トレッキング用品を準備していると時間がどんどん過ぎる。気がつくと約束の時間の5時だった。と、車の音がして、ホテルの前で止まった。富永さんが来たようだ。私はいり口まで迎えに行くと、富永さんが「よろしくおねがいします。」とにこやかに話しかけてきた。私もあいさつし、リュックをお借りして、自分の荷物を詰め込んだ。大きくてごつくて、汗のにおいがしみこんだ男らしいリュックだった。
富永さんの車
途中、いろいろな話をしながら暗闇の中を淀川登山口まで、車で4,50分の移動だ。昨日通った空港や、安房の説明を聞きながら、心は踊っていた。道の途中でお弁当やさんの明かりが目に入った。朝早くに開いているのはこんなふうに縄文杉の登山に行く人のためらしい。安房からは曲がりくねった道を登っていき、やっと淀川登山口だ。こんな山の中なのに、駐車場は車でごったがえしていた。無理やりトイレの近くに車を止めて、朝食となった。バスも到着し、1,2人がおりてきた。まだ、真っ暗である。ちょっとした準備をしていると5時50分くらいになって、朝食を、ということで、助手席に座って、朝、ホテルからもらってきた500円の弁当を開けてみた。弁当というか、おにぎり、というか非常に見たことのない形のご飯とおかずのかたまりだった。中には昆布の佃煮が挟まれていた。しかし、これからへの期待でおいしく頂いた。ちょっと鮭の骨が気になったが。富永さんはコンビニで買ったと言う菓子パンを2つ食べていた。
ちょっとずつ周りが明るくなってきた。「じゃ、行きますか。」突然の富永さんの言葉に、ちょっと戸惑いながら、「はい。」と答えた。出発は6時25分。空気がちょっと冷たい。富永さんは、道の途中、いろいろな話を聞かせてくれた。杉は日本固有の植物で外国にはない。1000年以下の杉は小杉というらしい。良く知っている。まあ、ガイドさんなので当たり前だが。他にも何組かの観光客がいたが、1人で登っていく人も2、3人いた。しかし、客一人にガイド一人のグループはわれわれ以外には見当たらなかった。他のガイドさんを見負けると、やはり気になるのか、ちょっといいことやおもしろいことをいっている感じだった。屋久島の杉は普通の杉の6倍樹脂が出てやわらかく、燃えやすいのが特徴だそうだ。出発から2時間くらいはずっとトロッコ道を行く。枕木はちょっと歩きづらかった。「学校W」の映画でも撮影に使われた鉄橋を渡った。映画には出てこなかったが、下はエメラルドグリーンのような川が流れている。あまりにも純度が高くて魚が住めないらしい。えさがないのだそうだ。その鉄橋を渡ると小学校の跡があり、大きく道は左に曲がる。少し歩くと、枕木に板が渡してあるところがあり、歩きやすくなった。たまにトロッコが通り、汽笛が聞こえると、やりすごせるところまで急いで走らなければいけない。途中一度トイレがあった。山のトイレといえば。。。だが、ここも決してきれいとは言えなかった。さらに進むと、大株林道への入り口がある。ここでもちょっと工事をしていて、4,5人の方が働いていた。
ここから10分くらいの間はかなり傾斜がきつい。一人だったらかなり不安になったと思うが、ガイドさんが「もうちょっと行くと楽になりますよ。」とアドバイスをくれたので、なんとかがんばれた。足ががくがくになる。まわりの木から根が垂れ下がっている。普段はあまり見られない光景だ。倒れた木の上から新しい木が生える、倒木更新、切り株から新しい木が生える切り株更新などを教わりながら登っていくと、ちょと広いところがあり、一番目のポイントウィルソン株についた。映画で見るより、写真で見るより大きかった。ここでちょっと休憩をとり、切り株の中に入ってみた。まず社があるので、そこでお参り。そのあと横から流れている水をペットボトルに汲ませてもらった。いくぶんゴミが浮いているが、気にしないで飲んでみた。浄水器のような人口の味ではなく、一口飲んでもまた飲みたくなるような、舌にやさしくのるような味だった。ここからまだまだ登っていく。ガイドさんがいなくては分からなくなるような道も1、2ヶ所あった。川の浅瀬を歩かなくてはならないところはトレッキングシューズが役に立った。やはり1万円もするいい靴は違う。靴が足首を包んでくれるから疲れないのだそうだ。ガイドさんの靴は3万円位するらしい。と、そうしているうちにガイドさんが、「ここで水を汲んでいきましょう。」と言う。縄文杉まであと少しなので昼ご飯用の水だそうだ。ペットボトルは必需品だ。そこから歩いて数分で縄文杉への階段が見えてくる。ここは映画で見たとおりだ。一歩一歩歩いていくと、ちょっとずつ幹が見え、目の前に縄文杉が現れた。想像以上に太い。周囲は16.4メートル。ごつごつしていて神秘を感じる。縄文杉は正目がないので巨大な木なのにも関わらず切られないで残ったのだそうだ。縄文時代からあるからではなく、縄文式土器に木の模様が似ているから縄文杉ということも教えてもらった。
ふと、カバンの中を見てみると、なぜかリコーダーが入っている!せっかくここまで来たのだから、とリコーダーを取り出し、もののけ姫を吹いた。周りには15人くらいの人々。なぜか、私の写真を撮っている物好きもいる。汗が出てきた。テンポが速い。あああ、と思っているうちに終わってしまった。周りからは幾分の拍手。照れ笑いするしかなすすべがなかった。
てっきり縄文杉でお昼ごはんなのだろうと思っていたが、富永さんはもう少しいくという。その言葉に従って歩いた。5分もすると、ちょっと広いところに出て小屋も立っていた。人は誰もいない。「ここが穴場なんですよ。」と言いながらリュックからガスバーナーやコップを出し始めた。バスバーナーに火をつけ、小さいなべを置く。水はもちろんさっき汲んだ天然水だ。その間に私は昼食の準備をする。新聞紙に包まれた弁当を取り出した。なんか、さっきと同じような・・・。開けてみると朝とまったく同じ弁当が入っていた。ちょっとがっかりした。しかし、半日歩いた大自然の中で、熱い卵スープといっしょに食べるご飯。とてもおいしかった。食後にはかたお湯を沸かしてコーヒーも出してくれた。普段は飲まないコーヒーがとてもおいしく感じられた。
さて、後始末をして帰り道だ。11時45分だった。さっきの縄文杉まで戻ってくると、少し人が減っている。縄文杉に触れることはできないが、何とかして記念のものを残したい。足元にたくさん落ちている杉の葉を持ち帰ることにした。私がひろっていると、ほかの観光客も拾い始めた。
目的が達成された分、帰りは木が楽だ。「食べる酸素、いりますか。」「あんまりこういうの効かないと思う行けどねえ、でももらっとくよ。」などと会話しながら山道を下っていった。行きより楽にトロッコ道まで出ることができた。ここからでも2時間以上の歩きである。と、さっきのカメラマンさんがいらっしゃった。また写真を撮っている。こんなすばらしい島はいくら撮ってもいいだろうなあ、と思った。
ようやく、もとの淀川登山口に帰ってきた。時間は15時30分。富永さんに「上出来ですよ。」といわれ、満足感も増す。車の中でジャムパンをもらった。半額と書かれたパンを指差し、「本土ではこういうのないでしょう。」と言う。私は「スーパーで閉店間際にはありますよ。」というとびっくりしていた。しかし、疲れた体にジャムパンが染み渡り、「ジャムパンってこんなにおいしかったんだ!」と感動した。賞味期限が昨日だったことなど小さな問題だった。
帰りは、疲れたのと急なグネグネ道を猛スピードで降りていくのとが重なって、ちょっと気持ちが悪くなった。そのうち、だんだん睡魔が襲ってくるのであった。気がつくと宿の近くまで着ており、富永さんに「熟睡していましたよ。」と言われてしまった。今日の料金、23,000円を支払い、リュックを返し、「ありがとうございました!」と心からお礼をいい、富永さんの車を見送るのであった。部屋に帰ってからも睡魔が襲い、ちょっと横になったつもりが18時30分まで熟睡してしまった。
夕ご飯はおいしかった。とびうおの刺身を初めて食べた。
あと、さばぶしという屋久島の名産をいただいた。これもおいしく、酒がほしくなる味であった。しかし、ホテルの人が全然来ないので注文することができなかった。ふかのゆでたものなどこっちでは食べられないものばかりだった。下はさばぶしとらっきょう。
大変においしい屋久島のさつま揚げ。揚げたてで、いろいろな野菜が入っていた。後にスーパーでも買ってみるが、やはりおいしかった。
夕食を食べ、一息つき、風呂に入った。そうなるとやはりビールが飲みたい。宿の周りをうろつくと、店があったので、ドアを開けてみた。おばちゃんとおじさんが小上がりにねそべってテレビを見ている。おそるおそる「すみません。ビールありますか。」と言うと、「ああ、ここはコーヒー屋、ビールはむかいむかい!」とわざわ向かいの店まで連れて行ってくれた。その店「さっちゃん」のドアを開けると、35くらいの若いお兄さんが「いらっしゃい!」と迎えてくれた。さっそく「生ビールください。」と注文し、その勢いでお代わりをしてしまった。ちょっとぬるいところを氷で冷たく捨ているところがご愛嬌か。500円×2。おいしい!あああ!お通しでやっこ200円がきていたが、ここは魚がおいしそうだ。つまみにあかじょ500円、つぐろ500円、おでん大根100円、卵100円をを注文してみた。これもおいしい。知らない肴ばっかりだったが、あかじょは鯛に似た味で、つぐろはあぶらが乗っていておいしかった。ここですでにビールはなくなり屋久島特産三岳になっていた。とても飲みやすく、するする入る。300円×2(この焼酎は後にインターネットで取り寄せ、愛飲するまでになった)。
お兄さんが「観光ですか。」というので、「今日、縄文杉に行ってきたんです。学校Wという映画を見て、行ってみたくなったんです。」とこたえた。すると、お兄さんは意外なことを言った。「ああ、私もちょっと出たんですよ。」「えええ!」話によると、お兄さんは以前佐川急便のトラック運転手をしており、九州行きのトラックを探すシーンで、エキストラ出演し、自分のトラックもちょっと写っているのだそうだ。いっぺんにこの店のファンになってしまった。そうしているうちにおじさんが入ってきた。福岡から来たそうだ。つまみにえびを注文している。それも水槽の生きているえびの活け作りだ。とてもおいしそうに見えた。「1匹食べてみる?」と聞くので、「おねがいします。」と言うと、お兄さんが早速水槽に取りに行った。ああ、活きがよすぎる!網から逃げ、床を転げ周り、小上がりの下に逃げてしまった。しかたなくお兄さんは、別のえびを捕まえていた。手際よく調理し、すぐに運ばれてきた。頭も、尻尾もまだ活きている。食べてみると、腰があり、甘く、歯ごたえがあり、今まで食べたえびの中で一番おいしかった。結局、えびはサービスしてもらったようで、2500円を払い、上機嫌で部屋に戻った。
そうだ、渋谷君に縄文杉登山成功の報告をしようと思い、電話をかけてみた。「やったよ!縄文杉登ってきたよ!」と私が言うと、渋谷くんは「明日も行くんですか?」と聞くので、急に力が抜けて眠くなり、ばたんきゅ〜だった。
平成14年11月29日
朝は9時30分くらいまで寝てしまった。ちょっと体がいたい。慣れない運動で筋肉痛になっているようだ。いそいで朝ごはんを食べに食堂に向かった。今日は一日フリーだ。郵便局を周りがてら島を一周してみようと思う。フロントの方に聞いてみると、一周だけなら3時間もあればできると言う。いろいろ島内の観光名所を聞いてから、右周りに出発した。初めは地元宮之浦郵便局である。次に、ちょっと空港方面に戻って(左回りで)楠川郵便局へ。ここはアットホームな局だった。もうちょっと戻って小瀬田郵便局へ。そして永久保郵便局。そこから右回りに出発進行。宮之浦を通り過ぎ、志戸子郵便局に到着。局員さんは貯金通帳を見て、「はああ、山形県からいらしたの。よく遠くからいらっしゃいました。」お土産にポンカンを2ついただいた。かんきつ類はあまり好きではないが、こういう頂き物は非常にうれしい。記念撮影をしてしまった。
志戸子ガジュマル園に到着。日本のガジュマルの北限だそうだ。気根がたくさんぶら下がり、たしかに本州にはない景色だ。一周は10分くらいでできるのだが、誰もいないのでベンチに横になってみると、とても気分がいい。と、他の人が来てしまった。わたしは次の目的地を目指した。一湊(いっそう)では、そろそろお昼なので、一湊郵便局に寄った後、狭い路地に入っていてお弁当屋さんを見つけた。お弁当屋と言っても、普通の商店にちょっとした弁当が置いてあるだけだった。でも、さすがに例のさつま揚げのようなものは売っていた(この店の名前をメモするのを忘れて、1年1ヶ月の間、考えていたのだが、一湊のまちなかMAPをみると、どうもまるいちストアーではないだろうかということが分かってきた)。車の中で食べるのは味気ない。ちょっと走って一湊海水浴場まで行ってみた。
当然海水浴客などいなくて、大正解!きれいな海を独り占めだった。

海水浴場前には無人の販売所があって、グァバの葉や実を売っていた。グァバの実はかじってみると渋くて食べられなかった。別の食べ方があるのだろうか。

たいへんおいしくいただいたお弁当。海岸の岩の上で食べたので、目の前(数十センチ先)は海。右も左も海。命の洗濯。
吉田郵便局、永田郵便局をすぎ、ここから西側は断崖絶壁である。この垂直分布が屋久島世界遺産の登録理由であるらしい。確かに島自体が一つの山で、海岸から頂上までを見渡すと、非常に気持ちがいい。また、やくしかや猿をいたるところで見かけた。しかは遠くに車を見つけると逃げてしまうのだが、猿は比較的穏やかで、車をそっと近づけると結構近くまで寄ることができた。ちなみにラジオはほとんど入らず、レンタカー営業所で貸してくれたCDを繰り返し聞く羽目になっていた。
大川の滝は88メートルの高さから水が落下してくる。とても存在感があるのだが、観光客は誰もいなかった。栗生郵便局あたりまでくると、ようやく道が開けてくる。西武道路も道はいいのだが、ぐねぐねしているのでちょっと注意だ。
フルーツガーデンはいろいろ珍しい果物がなっている。沖縄にもにたようなところがあったが、いるのは女の人のグループ2、3組だけで、男が一人で来るのはちょっと珍しいようだった。「何分くらい時間がありますか。」と聞くので「15分くらいです。」というち、ちょっと急ぎ足で説明してくれた。500円の入場料は安いと思った。売店に戻ってくると、おばちゃんが、5種類のフルーツ、3種類のジャムを塗ったパンを持ってきてくれた。「飲み物は。」と聞くのでせっかく来たのだから、グァバ300円とアセロラ200円?を頼んだ。ドラゴンフルーツの形がいい。が、味は忘れてしまった。ちょうど薬を飲みたかったので、「すみません、水もらえますか。」と聞くと、おばちゃんが「おくしゅりのみじゅ、ちょうだい。」と奥のおばちゃんに頼んでくれた。
よくばっていろいろなものを注文してしまった。
湯泊では、せっかくなので湯泊温泉に入る。場所がわからなかったので、付近を通る半袖の小学生に聞いてみた。「この道をまっすぐ行くと、看板が出ています。」小憎らしいほどに整然としゃべる小学生だった。温泉に着いたが、誰もいなかった。更衣室があるところを見ると、水着着用可なのかも知れない。ガイドブックに入湯料志100円を書いてあったのを思い出し、車にもどって100円を取ってきた。湯船に入っていると、地元のおじいさん、おばあさんがやってきた。奥にもっといい風呂があると言う。100メートルほどタオル一丁で歩いていくと、海のすぐ近くに岩をくりぬいたような3人も入れば窮屈そうな温泉があった。おお、と思い、近寄ったが、湯船に入るには10メートルほど岩の上を歩かなければいけない。これがとても痛く、くう、と歯を食いしばって歩いていった。しかし、風呂は波のしぶきがかかりそうな、とてもリラックスできる、広大な眺めが堪能できるすばらしい温泉だった。と、「そこはどうですか!」と声が聞こえた。振り向くとふらふらとやってくるおじさんが。続いて2人。どうやら酔っ払った関西方面のおじさんがにぎやかにやってきたようだった。「うわっはっは!」という笑い声に、私は早めに退散した。
さっきの広いほうの湯船にも数人の地元の方が入っていた。みんな共通に知っている人の話題で盛り上がり、おじいさんはその人のことをちょっと怒っていたので、そろそろ帰る時間のようだ。服を着ていると、さっきの酔っ払い3人集が「いやあ、どうもどうも。」と言いながら、帰っていった。おばちゃんが、「あれ、お金入れた?」と言っている。おじいさんも「このごろ入れない人が多い!」と怒っている。着替え終わった私をみんなが見ているのが分かる。しかし、あと100円入れようにも、財布は車の中だ。私は意を決し、堂々と帰ることにした。ドキドキ。料金箱の横を通り過ぎると、おばちゃんの「あれっ。」と言う声。私は100円を入れたのだ。堂々と帰る権利がある。しかし、にこやかに振り返り、「入るとき100円入れたんですけど、もう100円入れたいくらいです!」と言及するのであった。
シドッチ上陸の碑というのがあり、イエズス会の宣教師らしいので、渋谷君に電話してみた。「シドッチって知っている?」「いや、分かりません。」「ああ、そう、じゃ。」遠距離電話なので手短に済ませた。
尾の間郵便局により、比較的大きなスーパー、Aコープ尾の間店を見つけたので寄ってみることにした。まず、おどろいたのが、イチゴ1パック1260円!そしてから揚げのコーナーにはすぐ食べられますの文字が。まるちゃんでも天ぷらうどんと肉うどんはEとWの違いがないんだな、などと考えながらお土産にカップラーメンを5つ購入。もちろんW表示入り。あと、さつまいもあめなども購入。
一昨日も寄った平内海中温泉にまた寄ってみた。千尋の滝にも行きたかったのだが、この温泉の魅力のほうが勝ってしまった。今日はおじいさんが一人で入っていた。おじいさんは福岡だかにいたのだが、帰ってきてのんびり暮らしているということで、よそ者の私に熱く語ってくれた。「小泉首相は金持ちのみかただ。アメリカは日本を叩こうとしている。年金は一人最低15万円」の三つが趣旨だった。
ちょっとくたびれたのでスーパーで一休み。珍しい飲み物と、ばってら380円を購入。もうすぐ夕ご飯だというのに。麦生郵便局にも寄っている。いいかげんになってきた。
ばってらはいつも食べるものより、すっぱい感じがする。砂糖控えめと言うのだろうか
今日の夕ご飯も豪勢だ。海の幸はおいしい。詳細は忘れた。
今日もみっちゃんに行くことにした。まず生ビールである。つぎに調子がよくなって三岳へ。おにいさんに「昨日、亀の手みたいなのが出たんだけど、食べ方が分からなかったんです。」と言うと、「これ?」と一品出してくれた。
これは亀の手と言って味噌汁などに入れて食べるとおいしいそうだ。硬い部分を持って、柔らかい部分を破り、中を食べる。こうして食べるとなかなかいける。
あとはやっぱりえび!今日はラストナイトフィーバーで3匹も注文してしまった。これで1200円である。しかし、えびと三岳、これがまたよく合うのであった。

11時30分ころから0時15分ころまでいたのだが、大量の客が来てちょっとさわがしくなったため、ていねいにお礼を言ってみっちゃんをあとにした。
平成14年11月30日
今日は屋久島で電話番号が最後の09974の日である。明日からは0997になる。
朝は8時に起きて朝ごはんを食べた。その後、白谷雲水郷に行くために、荷物を整理して1750円で郵送の手配をし、フロントで記念に写真を取ってもらった。
屋久島センターでお土産を見てみた。弟にかにの手の形をしたライター800円を購入。会心の作だ。あと、児童に屋久杉のしおりを購入。5枚で500円を5セット。自分用に屋久杉の湯呑み。1600円もしたが、長年自分の湯呑みを探していただけに、とてもうれしかった。ちなみに、おゆを入れても熱くならないし、軽いし、口当たりもいいし大変満足している。あとは、まんてんとわずかばかり書いてあるために値段が跳ね上がった三岳焼酎2600円、さばぶし960円、屋久杉の箸500円などを購入してセンターを後にした。13923円の出費だった。
Aコープ宮之浦店を発見し、探検する。ぼうのさつま揚げも買ってみたが、ちょっとぴりからでめちゃくちゃうまかった。食べ始めてから写真を撮ったので、こめんなさい。

その後、雲水郷を目指したのだが、屋久島の本領発揮、私に帰ってほしくないのか、小雨が降ってきた。しかし、30分ほどのくねくね道を車で登っていくのであった。
白谷雲水郷はもののけ姫の構想を練ったとされる場所だ。料金所のおばちゃんに300円を渡すと、「どちらからおいでですか。」と聞いてくる。「は?」と言うと、「県名だけでいいです。」と言うので、「山形です。」と告げた。「ほう、山形!では、何分コースにしますか。」と言うので「30分コースでいいす。」と言うと寂しそうに、「では、ここを通ってこういくといいです。」とパンフレットで教えてくれた。初めは遊歩道っぽいのだが、すごく大きな石の上を上り、一昨日の疲れがよみがえる思いだった。雨の中の緑はすばらしく、神秘的だった。一面に生えるコケは2,3センチメートルくらいの厚さになっており、触ってみるとふかふかして意外な感じがした。帰りはちょっと急いで駆け下り、駐車場に戻った。
屋久島ではコンクリートブロックもいい感じ。
その足で山を降り、安房郵便局に行き、土曜日の時間外窓口で児童への葉書に風景印をお願いした。私が屋久島本島で唯一残していた安房の風景印も貯金通帳に押してもらった。
屋久島最後の食事は、ハイカラにカレーにした。
レンタカーは満タン返しなのでレンタカー会社の隣にあるガソリンスタンドに行くと、19.5リッターで2593円+税だった。単純に計算すると、132.9円である(当時寒河江は88円くらいだったと思う。今日は15年9月23日で、92円(格安セルフ))。満タン証明書をもらい、レンタカー会社に返しに行くと、そのまま屋久島空港に送ってくれた。ふと、売店を見るとあのカメラマンさんがいるではないか。奇遇!空港のお土産やさんでいくつか品物を見ているとすぐに時間が来て、またYSに乗り込むのであった。屋久杉の箸は買いました。315円。
YSJA8717(屋久島空港1411→鹿児島空港1445
屋久島から鹿児島空港へもYSである。行きにかなり揺れたのでびくびくしていると案外揺れなかった。しかし、2人の客室
乗務員は「安全のため、ベルトをお締めください。」と言い、ベルト着用サインはフライト中ずっと灯きっ放しだった。アメのサービスもなかった。
鹿児島空港は雨だった。しかし、JASだけあって傘が7色?できれいだった。荷物は羽田に行くことになっているので、しばらくあたりをほっつき歩いた。でも、到着口をくぐってしまうとまたゲートをくぐらなくてはいけないので、付近のお土産屋を見て回った。屋久島ともちがい、黒豚など鹿児島を代表する土産が目立った。カメラマンさんが「これおいしいよ。」と言うので小みかん600円を購入。直径3センチくらいで後で家で食べたら甘くておいしかった。まだ1時間以上時間があるので、カメラマンさんと喫茶店に入りさつまいもアイスを食べた。
おいしかった。聞けばカメラマンさんはインターネットをする人ならば誰でも知っているサイトのニュースの写真も手がけておられるということで、いろいろなお話を伺った。
新幹線が最終になってしまったので、ちょっと時間が空く。新宿に寄って行こうと思いたつ。京急の自販機があったので、新宿までの乗り継ぎ切符を590円で購入しておいた。
B373鹿児島空港→羽田空港
行きはスーパーシートだったが、帰りはエコノミーだ。この737は去年の職員旅行の沖縄に行くときに乗った気がする。窓際をおさえてもらったので快調だった。乗客は3割程度だったが。飲み物は通の飲み物コンソメスープを頼んだ。新聞を頼むと、東京の新聞だった。行きはなぜか青森の新聞だったなあ、と感慨にふけった。「今後とも新しいJALグループをよろしくおねがいします。」というアナウンスが聞こえるのは、JASと統合したからか。
京急(成田行き)607−8羽田空港→品川
山手線品川→新宿
新宿は人だかりだった。ヨドバシ、さくらやなどを目指して歩いていくと、2メートルくらいの信号によじ登って叫んでいる人がいる。ちょっと面白い、と思って近寄ってみると、「ですからイエス様は・・・!」宗教の勧誘だった。それで教義に反していないのだろうか。
(快)中央線クハ200−45新宿1942→東京
山形新幹線つばさ145号E326−1101東京2028→山形2318
新幹線ホームにたどり着くと、いつものように幸福弁当1300円
とビールを2本買った。これで車中の幸福は約束された。ホームでは、明日からのはやて運行、八戸まで新幹線開業に備えて準備が行われていた。明日からこまちが前車指定席になるので、床に張ってあるこまちの自由席待ち合い表示をへらで削り取っている駅員さんに、表示を指差し、「すみません。これ、いただけませんか。」と言うと、意外にも「いいですよ。」の返事。
しかし、長年の粘着により、きれいにはがすことは困難で、しかも、お仕事の邪魔をしてはいけないと思い、あきらめて写真を撮らせていただいた。10年前、ここで山形新幹線の開業セレモニーを見たなあ、などと考えながら最終のつばさを待つのであった。車中では、幸福弁当で幸福になりつつも、初めて大宮ちょっと南のTOYOKIの撮影に成功するなど、ポイントを抑えて旅行を締めくくるのであった。新幹線を降りたときの寒さは忘れられない。思い出を胸に、山形の闇の中へと帰っていく筆者であった。
<<<ここで用意したハンカチを振り、お別れしましょう。>>>
完