朝起きると雨降りだった。天気予報によれば半日で止むらしかったが、今のうちに降っておけとでも言わんばかりの勢いで、しかも雷まで鳴っていた。
仕度をしているうちに、朝食の時間となった。アジの開き、シラスを載せた大根おろし、目玉焼きとベーコン、黒はんぺん、みそ汁、おしんこと朝から豪華な献立だ。
「この雨では、桜エビ漁も船が出せないでしょうねぇ。」と宿の方に訊ねてみると、「ちょうど今は秋の漁期なんですけど、ここしばらく不漁続きで町に活気がないんですよ。」と教えてくれた。
出発の頃合いを見計らったかのように、急に雨が激しくなってきた。「本当に半日で止んでけっといいんだげど。」と合羽を着こんだところで、浜松方面に向けて出発した。
由比町を出る前に、昨日教えてもらったさった峠に行ってみた。町はずれの旧街道を、西に1キロほど走ったところにある。旧街道は細い路地で、かつての宿場の街並みを再現したような家々が立ち並んでいる。街並みが途切れ、急斜面に切られた急坂を登っていくと、今度はみかん畑が現れる。急斜面での作業用に、そこかしこに収穫用モノレールの軌道が敷かれてあった。峠はみかん畑の先にある。展望台も整えられていたが、この雨であまり眺めはよくなかった。
国道1号線を西に走る。清水市で国道149号線に乗り換え、海沿いに進む。街角には地元のJリーグ球団、清水エスパルスのグッズの店もある。そういや昨日、テレビの地元情報番組で「清水エスパルスの店をご紹介いたします!」なんてやっていた。
海沿いに御前崎(おまえざき)を目指す。立ち並ぶ閉店中の久能山いちご売店を脇目に静岡市を抜け、高架橋で海上を走る「海上国道」区間、大崩海岸を無事通過し、焼津市に出る。市街地を横切り、お隣大井川町で大井川河口を渡った。大井川は旧国駿河と遠江(とおとうみ)の境でもある。雨は和らいでいたが、天気が天気なので、ひたすら走るだけだった。
御前崎はあっけなかった。有名な岬なので、襟裳岬や竜飛崎のような荒々しい断崖を想像していたのだが、岬はまるきり海岸道路の「道ばた」で、標柱がなければここが岬だとは気づかない。天気のこともあり、岬はDJEBELの上から見るだけにして、そのまま通り過ぎてしまった(注1)。
浜岡原発の手前で国道150号線に合流する。このあたりは遠州大砂丘と呼ばれる海岸線が続き、国道の南には防砂林が植えられている。雨はすっかり止んでいたが、空はまだくもっていた。途中セルフのガソリンスタンドで給油して、またひた走った。
このあたりに来ると、案内標識に「磐田」の文字が目立ってくる。磐田市といえばJリーグ球団「ジュビロ磐田」のお膝元だ。静岡県にはJリーグの球団が二つあるが、なるほど、エスパルスは駿河の球団で、ジュビロは遠江の球団だったわけである。旧国というものが急に具体的に感じられた。
今でこそ県という単位でひとくくりになっているが、旧国に代表される旧い区分は今でも根強く生き残っている。さっき給油したガソリンスタンドは「遠州日石」というところだったし、「ようこそ駿河へ!」といった具合に旧国名を掲げる看板は全国至るところで目にする。住んでいる住人だって同じ県内でも、別の地域はまるきりの異境としてとらえているだろう。
天竜川河口の竜洋町(現磐田市)で急に腹が減ってきた。町内の「サークルK」に駆け込み、軒先でカルボナーラを立ち食いして腹ごしらえをする。そこから堤防の上の道を走って天竜川をさかのぼり、森町に向かった。
遠江一の宮、小國神社(おくにじんじゃ)は森町にある。町の名前通り、立派な鎮守の森に護られた神社だ。一の宮の多くは、斧を入れない鎮守の森に囲まれているが、ここ小國神社のその規模は、全国一の宮有数と言っていい。参拝するときは長い森の参道を往復する。ついでに、森町は「森の石松」の出身地としても有名だ。
この日は早めに切り上げることにした。地図によれば天竜川を渡った西、浜北市(現浜松市)にキャンプ場があるようだ。市内の生協で買い出しを済ませる頃には雨もすっかり上がり、青空も覗いていた。
浜北市の森林公園キャンプ場は変わっている。ガスストーブの類が一切使用禁止なのだ。そのかわり受付の際、利用料700円と引き替えに薪を一束渡される。煮炊きは全てこれでまかなってくださいというわけだ。さすがに薪を燃やせるのはキャンプ場の一角にある竈に限られているが、全国的に焚き火禁止、ガスストーブ推奨のキャンプ場が多い中で、異彩を放っている。
テントを張り終え日記を書いているうち、日も暮れてきた。薪一束と夕食の材料を手に竈に向かう。今日は焚き火を熾して夕食を作らなければならない。慣れてないので、点火するのに小一時間悪戦苦闘したが、なんとか火がついた。
こうなれば後はしめたものだ。「焚き火は好いねぇ」などと言いつつ、昨日由比町の「サークルK」で買っておいた即席麺「ハイラーメン」を火にかける。火の勢いは十分だ。コッヘルが真っ黒くなろうがそんなことは知ったことじゃない。
半分ほど残っていた特別純米酒「英君」を空けつつ、できあがるのを待つ。肴は昨日の残りの黒はんぺん、もちろん焚き火で軽く炙ってから食べる。火を眺めつつ、酔いが回った頃、ちょうどラーメンができあがった。さっき生協で買ってきたできあいのメンマチャーシューセットをぶち込んで無心にすする。至福のひとときだ。
特別純米酒「英君」の瓶も空になった。700円分の薪を熾きに変え、大変好い気分で夕食を終えると、後はテントに戻ってバタン、グーだった。
注1・「御前崎」:御前崎の名誉のために書いておくと、岬そのものは本当に海岸道路でしかないのだが、周辺は灯台や海岸など、風物に恵まれている。
焚き火ができると便利なだけでなくかっこいい。悲しいかな荒井はそうしたあこがれを抱いてしまっているわけですが、かっこよく焚き火をするためには、それなりの作法を守らなければなりません。荒井はまだ初心者なので、心掛けていることだけ書いておきます。
まず、禁止されているところではしないこと。多くのキャンプ場では「地面を痛める」という理由で、地べたでの焚き火が禁止されています。キャンプ場で焚き火をする場合、炊事場や市販の焚き火台を利用することとなります。地べたで焚き火をするときも、芝生や草むらは避けます。燃えやすいものが多いところでやるのもやめときましょう。
最初から最後まで自分が熾した火に責任を持つこと。消火用の水を用意してもしもの時に備えるのはもちろん、熾した火は白い灰になるまで燃やしきります。途中で水をかけて消火すると、地面に黒く炭の跡が残り美観を損ねます。燃やしきるということは、自分が必要とする以上に火を熾すべきではないということです。
燃やしきったら、できるだけ痕跡を残さないようにすること。灰は所定の場所に捨てるなり埋めるなりして処分し、掘った地面は埋め戻して均します。使った石は黒くなった面を下にして戻します。発つ鳥跡を濁さず、です。
焚き火の魅力とは派手に火を熾すことではなく、火と人のつきあい方を知ることにあるのではないかと荒井は思います。火のありがたさが身に染みてわかります。