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同僚達が去った部屋の中で、技師は事前に持ち込んでいた工具箱のフタを開け
そしてそこから、毛むくの4本足の丁度子犬1頭分くらいの機械のかたまりを取り出した。
「さて、クドリャフカ。お願いだから今からしばらく、僕がもういいよと言うまで静かにしててくれるかな?」
巻き毛の小さな犬を抱き上げ、工具箱に仕舞うとそっとフタを締め
替わりに機械のかたまりを、気密服に詰め込み始めた。
とくんとくんと犬の脈を真似する機械。息遣いや体温や、技師は使える限りの技術をつぎ込んだ。
どうかどうか、子供だましかも知れないけれど、どうかどうか、見逃して欲しい。
祈りながら仕事を続けていると、不意に同僚の1人が戻ってきた。
「何やってるんだお前。犬は?どこにやった?」
「犬はもう居ない。外に出した。今から他の犬を選ぶのは間に合わないだろう?」
おねがいだよ。クドリャフカ。どうか静かにしてておくれ。
「こんなことして無事で済むと思うのか?」
「僕が全ての咎を負う。君たちは気づかなかったことにしてくれればいい。」
「そんな簡単に済むことじゃないだろう。国家の威信に関わることだぜ?
 国内だけじゃない。世界中の笑いものになるんだぞ?」
技師は手を休めもせず、同僚の顔も見なかった。巻き毛ちゃん、もう少し黙ってておくれ。
「これが終わったら僕はここをやめるから。全部背負って消えるから。
 外に居る1匹の巻き毛の犬のことだけ、君にお願いできないかな?」
ふいに工具箱が「くう」と鳴いた。
「僕たちの技術力を信じていないわけじゃない。クドは宇宙から地球を眺める最初の瞳になるんだ。
 ただ、犬だから、人間じゃないからって、片道切符で一人宇宙に置き去りにするなんて。
 クドリャフカは宇宙に行きたいのかな?草っぱらを駆け回るほうが嬉しいんじゃないのかな。
 僕は、・・・・・・。」
ああ。クドリャフカ。僕は。君だけを助けたって、どうにもならないのも判っているんだ。
肩を落とし、手の止まった技師を見て、同僚は言った。
「俺は、犬は嫌いだ。
 お前の代わりに面倒なんか見てやるもんか。
 クドリャフカは逃げた。替わりにライカと名づけた奴を乗せることにした。そういうことなんだろう?
 気密服にしまっちまえば、犬が替わったかどうか、犬か機械かなんて見えやしない。
 間もなくコイツをロケットにくくりつける時間になる。他の奴らが戻ってくる前にさっさと終わらせてしまおう。
 この『ライカ』が打ち上げまで持ちこたえれば後は空の彼方だ。
 それより後は俺とお前、それからどこかにいる毛玉がしゃべらなきゃ誰も知らなかった事になる。」
同僚はポケットからクラッカーを出して工具箱にぽいと入れた。
「重ねて言う。俺は犬が嫌いだ。作業中は大人しくしていろ。気が散る。
 お前も打ち上げが中止になってパンドラの蓋を開けられないように祈ってろよ。」
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