駿河と遠州

ここずらよ

 朝から素敵に晴れ上がった。ユースで朝食の後、出発の準備をした。ここのユースも外国人の利用が多く、朝食も外国人と一緒なら、準備中に見送ったのも、ほとんど外国の方だった。
 同室になった鈴木さんからグリスを借り、チェーンに油を差してから、いよいよ荒井も出発した。

 鈴木さんお勧めのススキ原はユースからほど遠くない場所にあった。山一面ススキ原。見事なまでにススキしか生えていない。仙石原のススキは有名で、黒澤明の「姿三四郎」のロケ地にもなったという。まさに今が見頃で見物客も多数繰りだしており、ススキの合間から頭がいくつもひょこひょこ見え隠れした。
 強羅温泉に出て、さらにロープウェイの下をくぐり、箱根山を北から芦ノ湖沿いに回り込んで国道1号線に出た。このあたりは別荘や企業の保養所、美術館など数多く立っており、どことなく那須塩原を思い起こさせる。関東の保養地はこんなかんじなのだろうか。
 道の駅「箱根峠」からは、箱根山と芦ノ湖がよく見えた。いよいよ箱根越えなのだ。厳密には伊豆半島を一周して甲府に向かった際、すでに箱根の西に足を踏み入れてはいるのだが、天下の険を越える分、今回は感慨が深い。

三嶋大社
伊豆国一の宮三嶋大社。境内のキンモクセイは季節になると、街中に芳香を漂わすとか。

 再び目にする「静岡県」の標識。三島市への下りは豪快そのもので、箱根の山がちな峠道と比べ、風物もどこか明るい。
 一気に三島市まで下ったところで、市内の三嶋大社に参拝した。三嶋大社は伊豆国一の宮だ。大きな神社で、隣接する駐車場には大型バスが何台も出入りしていた。寒川神社同様、日曜日だったせいか、ここも七五三の参拝客でごったがえしていた。
 ここの名物は福太郎餅、餡でくるんだ草餅だ。参道の露店では参拝客相手におばちゃんが売り込みをしている。箱単位での販売だったので餅は試食だけにとどめて、かわりに併売の抹茶どら焼きを一つ買って食べた。
 門前のそば屋、文字通り「社亭」という店でとろろ汁定食を食べて昼食にした。とろろ汁とはいわゆる山かけ飯だが、こちらのは山芋に対して出汁の割合が多いようで、味も粘りもちょっと薄めである。

 三島市を出て西に走る。このあたりの国道1号線は高速道路のように流れが速い。海の方に目をやると大工場地帯が広がっており、化学薬品の臭いが鼻を突く。そういや小学校の社会科で、このへんは製紙産業が盛んだと学んだことがある。おそらく製紙工場で使っている薬品の臭いが漂ってくるのだろう。旅ゆけば、駿河の国にパルプ臭である。

富士山本宮浅間大社大鳥居
浅間大社の大鳥居と富士山。見事に富士を仰ぎ見る。

 富士市から国道1号線をそれ、富士宮市に向かった。目的は駿河国一の宮、浅間大社(せんげんたいしゃ)だ。
 浅間大社の正式な名前は「富士山本宮浅間大社」という。そのとおり、富士山をご神体と仰ぐ神社で、富士宮の地名はこの神社にちなんでいる。境内の周囲には富士の湧き水を集める神田川が流れている。参道入り口の大鳥居前からは富士山がよく見えた。奥の宮はその富士山のてっぺんにあり、この神社が遙拝所として発展したことがうかがえる。
 七五三の参拝客を脇目に参拝を済ませ、件の大鳥居に戻ってきたところで、「富士宮やきそば」ののぼりを掲げた売店があるのに気が付いた。屋号は「ここずらよ」(注1)。なんだろうと興味津々で入ってみると、中では威勢のいいおばちゃんが大きな鉄板を前に、器用にコテを操って焼きそばを作っていた。献立はたった一つ、イカやきそばだけだが、店にはひっきりなしに客が出入りして、次々に焼きそばを注文している。注文するとその場で作ってくれるので、できたてが食べられる。荒井も早速一つ注文した。

 富士宮の名物は浅間大社だけではない。近年脚光を浴びているのが、この富士宮やきそばだ。昔から富士宮には焼きそば屋が多かったそうだが、全国に向けて売り込みを始めたのはここ数年のことで、最近はNHKも取材に来たらしい。富士宮では随所で「富士宮やきそば」ののぼりを見かける。なんでも市内には150件近い焼きそば屋があるらしい。荒井が「焼きそばが富士宮名物だったなんて、今になって初めて知りましたぜ。」と言うと、おばちゃんは「そりゃいけない。ちゃんと覚えて、みんなに教えてあげてよ!」と威勢よく冗談を飛ばした。

 おばちゃんはおしゃべりしながらも、手際よく焼きそばを炒めている。まずは鉄板に生イカと豚の肉かすを載せて一緒に炒める。火が通ったところでキャベツの千切りをひとつかみ投入する。頃合いを見計らって、具と別に麺を炒め始める。この際富士の湧き水を少量加え、フタをかぶせて蒸し焼きにするのがコツらしい。麺を炒めたかと思うとおもむろに具と混ぜ合わせ、ソースをかけてこれまた少し炒める。麺に火が通ったところで皿に取り、イワシの粉と青のり、紅ショウガを載っけてできあがり。時間にして3,4分、目の前でみるみる焼きそばができあがった。
 一口食べてみて、麺に腰があるのに驚いた。これが富士宮やきそば一番の特徴だ。富士宮やきそばは、日持ちのする水分の少ない麺を使うため、非常に腰がある。キャベツや湧き水を使うのは、麺に水分を補うためなのだそうだ。旨みの秘訣はラードを絞った後の豚肉かすと、イワシ粉だ。

 ところで、おばちゃんも山形に縁のある人物だった。その昔、テニスの静岡代表として、山形で開かれたべにばな国体(注2)に出場したそうだ。その時突然雨に降られ、傘がなくて困っていると、地元の方が雨合羽を買ってくれたそうで、「山形の人は情け深くて感謝してますよ。」としみじみ語ってくれた。
 店を出る際、富士宮の焼きそばだったらこれを見るといいよと、店にたった一つ残っていた市内の焼きそば名店地図と「ここずらよ」の案内小冊子を持たせてくれた。ありがたく頂戴し、富士宮を後にした。おばちゃん、ごちそうさまでした!

白糸の滝
白糸の滝。写真よりも実物を見ることをお勧め。

 地図によれば、近所に白糸の滝がある。気が向いたので見物に行った。いつもながら行き当たりばったりである。滝はみやげ屋の立ち並ぶ遊歩道を抜け、峡谷を降りていったところにある。日本有数の名瀑だからさぞや見物客でごった返しているだろうと思ったら、予想に反してあんまり混んでいなかった。
 白糸の滝なら写真で見たことがある。薄暗い絶壁のそこかしこから水が細く流れ落ちているというものだ。その写真のせいか、たいしたことはないだろうとたかをくくっていたが、全く違った。

 一見して悟った。滝が凄すぎて、写真に収まりきらなかっただけなのだ。

 白糸の滝は三方を絶壁に囲まれた袋小路にある。その絶壁の至るところから水が湧きだし、何条もの流れとなってはしたたり落ち、轟きを上げる。270度の崖一面から流れ落ちる滝、峡谷いっぱいの大音響は実際に見なければわかるもんじゃない。「なるほど、確かにこれは名瀑だ!」と大発見をした気分になった。

 その後、おおむね来た道を富士市まで引き返し、富士川を渡り、由比町(ゆいちょう)に来たところで夕方になった。今日はこれまでと、町はずれの「静清庵地区(せいしんあんちく・注3)青少年野外センター」にテントを張って寝ることにした。
 キャンプ場は標高707メートルの浜石岳(はまいしだけ)の中腹にあり、駿河湾がよく見えた。富士市のあたりは明かりが灯りだし、眼下の国道1号線は光の帯である。しかもまだ日が残っていたので、富士山さえ遠くに見えた。関東を出て静岡に来たのだと、つくづく感じさせる風景だった。

駿河の美酒

静清庵地区青少年野外センターから見る駿河湾
キャンプ場から見る朝の駿河湾。

 太平洋に面した温暖な土地であるとはいえ、夜は寒かった。テントを張ったのが日陰だったのもいけなかった。朝になっても日が当たらず余計に寒い。フライシートは内も外も結露でびっしりだ。テントを畳み、出発したのは八時だった。目的地は静岡県庁がある静岡市だ。
 静岡市は清水市(現静岡市)を隔ててすぐとなり、国道1号線一本で行ける場所にある。県庁所在地だけあって立派なバイパスが整備されているが、車の数も多く大渋滞である。すり抜けつつ道なりに走っていたら、安倍川を渡り丸子(まりこ)にさしかかったところで、県庁のある市の中心部を見事に通り過ぎてしまったことに気が付いた。大あわてでバイパスの入り口まで引き返し、改めて県庁に向かう羽目になった。

 静岡県庁は本庁舎と新館別館が隣りあって建っている。本庁舎は改装工事中で、外壁は足場ですっぽり囲まれていた。「これじゃ足場しか写んねよなぁ。」と苦笑いしつつ、足場しか見えない庁舎を写真に収めた。
 新庁舎の展望ロビーからは駿府公園がよく見えた。徳川家康公の隠居住まいとなった駿府城跡だ。岩手、山梨、大阪などなど、城と県庁が隣りあっている例は全国的にも多々見かけるもので、ここ静岡県もその一つだ。明治時代、かつての城跡が県庁に転用されたことがよくあったのだが、その名残かと思われる。
 南に海が見えた。県庁所在地は港町であることが多い。さもなくば隣りに港町がある。静岡市の場合、市の中心部に港はないが、近くに清水港が控えている。
 県庁食堂は本庁舎の一階にある。階段の下のような、決して広くない所にあるのだが、席数はそれなりに多く用意されていた。特に名産品を出しているわけでもなかったので、旨そうだった日替わりのきのこ雑炊セットを食べた。付け合わせはちくわの磯部揚げ、みそ汁と生野菜、そしてなぜかマカロニのアラビアータだった。

静岡県庁改築中
その足場しか写ってない静岡県庁。

 県庁を見学した後、由比町に引き返した。今回の旅では、由比町でちょっと口にしたいものがあった。地元の酒蔵、英君酒造の酒である。
 あまり酒を飲まない上詳しくもない荒井、なぜ山形から遠く離れた静岡の酒蔵の名前を知っているかというと、それはほとんど偶然である。旅に出るずいぶん前、酒とは全く関係のない調べ物をしていたところ、たまたま検索エンジンで引っかかった英君酒造のサイトを見る機会があった(注4)。それがずいぶん面白い内容で、以来度々サイトを覗くようになり、掲示板にも出入りするようになったのだが、それが興味を持ったきっかけというわけだ。
 町内の旅館に予約を入れ、本日の夕食と寝床を確保してから、町内を廻ることにした。

 由比町は東海道の宿場町として栄えたところで、町内の本陣公園をはじめ、そこかしこに街道筋の雰囲気が残っている。有名人は江戸初期の軍学者由井正雪、名物は目の前の駿河湾の幸、桜エビと黒はんぺんだ。景観に優れているのは先述のとおりである。海に面した谷間に開けているせいか平地や水田はないが、そのかわり、斜面を利用したみかん栽培が盛んなようだ。
 商店街には桜エビやシラスを扱っている店が多い。まずはその中の一軒、「望月商店」で、地元業者「さすぼし水産」の黒はんぺんを仕入れる。10枚入りで300円だ。次に英君酒造の酒を買おうと酒屋さんを探してみたが、なぜか町の酒屋さんが軒並み閉まっていた。かくなる上は直接英君酒造に行くしかない。
 とはいえ「果だして何の予約も連絡もしてねなさ、酒蔵さんがら酒ば買っても、迷惑さなんねべが?」と心配になる。佐渡の尾畑酒造に行ったことはあるものの、あちらがアルコール共和国ならこちらは駿河の宿場町なのだ。

 海を背に陸に入っていく。海の近くであることを忘れそうなほど山が深い。英君酒造は由比町でも山の方にある。裏山から湧き出る水を酒造りに利用していることはサイトで知っていたが、なるほど、これならいい水が湧きそうだ。
 外からおそるおそる様子をうかがうと、併設の店舗で酒も売っているようだったが、店に人の気配は全くない。これまたおそるおそる店舗に入り、あたりを見回しているうちに、品の良さそうな白髪の紳士が現れた。思い切って伺ってみると、ここでも酒を販売しているとのこと(注5)。ようやく安心して、晩酌用に一本見立てていただいた。
 実はこの方こそ、英君酒造の社長さんだった(注6)。「純米酒は冷やでも燗でもいけますが、大吟醸だと、燗をかけるのはなにかとうまくないですね。ここでは冷蔵庫で保存していますが、外に置いていても、特に問題はありませんよ。」と、突然やってきた妙な客、荒井相手でも、実に親切にお酒の説明をしてくださる。黒はんぺんに合う酒はどれですかと訊ねると、やや辛口の特別純米酒「英君」を勧めてくれたので、そちらを一本購入した。値段は720ml瓶が一本1200円ほどとお手頃だ。

 ここでもう一つ、由比町を走って気が付いた疑問をぶつけてみた。「由比町は田んぼもないのに、どうして酒造りを始めたんでしょうか?」 例えば山形の酒蔵はその背後に穀倉地帯が控えている。一方水田の少ない由比町で、どうして酒造りを始めたのか、と。

 不躾な質問だったが、社長さんは親切丁寧に答えてくださった。
 英君酒造の社長さんは望月さんという。この由比町、さっきの望月商店といい、望月さんという名字がやたら多い(注7)。その中でも、英君酒造の望月さんは分家筋で、農地を持っていなかった。そこでご先祖様が商売として酒造りを始めたのだそうだ。だから田んぼのない由比町で酒造りを営んでいるというわけである。こうした例は静岡でも特殊なのだそうだ。

 「米どころの酒蔵さんは、もともと地主さんが余った年貢米で酒を造り始めた場合が多いんですが、こちらは兵庫あたりから酒造りに適した米を仕入れて仕込んでますから、その分おいしい酒が造れるんですよ。」
 米が採れないこの地でも、酒造りにかける情熱は誰にも負けていないのだ(社長さん、その節はありがとうございました! 遅れましたがこの場を借りてお礼申し上げます)。

英君酒造の図
英君酒造。写真は翌年撮ったもの。ちなみに入り口に立っているのは専務です。

 憧れの駿河の美酒を手にしたところで、町に戻った。宿に入るまでまだ時間があったので、町唯一のコンビニ「サークルK」で立ち読みしたり、必要な物を買いそろえたりして時間をつぶした。
 店から出ると、どこからともなくお巡りさんが現れた。犯罪抑止強化期間ということで、見慣れない人物(つまり不審人物だ)に、身元を訊ねているらしい。確かにザックを背負った旅人など、普段あんまり見かけるもんじゃない。
 とはいえお巡りさんは高圧的な態度はかけらもなく、「お気を悪くされるかもしれませんが、申し訳ありません。怪しくないことはわかっていますが、一応ということでご協力お願いします。」と、気遣いしつつ訊ねてきた。そればかりか、旅の途中なんですよと言うと「途中、どこかいい場所はありましたか? このあたりでは、箱根やさった峠(注8)がおすすめですよ。」と名所まで教えてくださった。
 「それじゃお気を付けて!」とお巡りさんが去ると、今度は「サークルK」から、店員のおばちゃんが現れた。「お巡りさんに何か訊かれていたようだけど、何かあったの?」 荒井のことを心配して、様子を見に出てきてくれたのだ。いやはや、社長さんといい、お巡りさんといい、おばちゃんといい、東海道の宿場町は伊達ではない!

 本日の宿「西山」は、件の「サークルK」のすぐ隣である。部屋に案内され、荷物を片付けたりくつろいだりするうちに夕食の時間となった。
 「西山」は割烹併設で、夕食はもちろん由比名産の桜エビづくしの御膳だ。桜エビのかき揚げ、桜エビ・イカ・マグロ・生シラスの刺身、桜エビ黄身酢和え、佃煮、山椒風味の吸い物、おしんこ、そして郷土料理「沖上がり」だ。沖上がりとは、桜エビのすき焼きのような料理だ。甘じょっぱい出汁を豆腐やネギと一緒に火に掛け、煮立ったところに生の桜エビと潰し卵を入れて、火が通ったところを戴く。由比名物づくしの夕食に大満足だった。

 部屋に戻ったところで、いよいよさっき買ったばかりの特別純米酒「英君」を空ける。「黒はんぺんは生を生姜醤油で戴くのもいいですが、火を通しても出汁が出て旨いですよ。」と、黒はんぺんのおいしい食べ方も社長さんから伝授していただいた。さっき「サークルK」で買っておいたチューブ入りおろし生姜を取り出し、生姜醤油も作って、すっかり準備も万端だ。
 まずは一口飲んでみる。辛口なのだが、口に入れたときはすっきりしており、飲み下すと酒の旨みが広がる。社長さんの応対どおり、非常に懇切丁寧、まじめに作られた旨い酒である。
 そして黒はんぺんをかじる。黒はんぺんは焼津を中心とする駿河湾沿岸の名物だ。味はつみれ団子にも似ているが、食感はずっとなめらかだ。主原料がイワシであるため、白はんぺんよりも癖や歯ごたえがある。
 「これが英君酒造の酒が! 駿河の美酒!」と盃を重ね、黒はんぺんをかじるうち、由比の夜は更けていった。


脚註

注1・「ここずらよ」:もともとは富士宮の名産品を扱うみやげ屋。焼きそば屋はその一角で営業している。

注2・「べにばな国体」:1992年、平成四年に山形県で開催された国体。同年にバルセロナ五輪が開かれたせいか影が薄い。ちなみに開会式では、暴漢が天皇陛下に向けて発煙筒を投げつけるという騒ぎも起きている。水泳リレーでは真っ先にゴールを決めた静岡代表選手が喜び余ってプールに次々と飛び込んだものの、まだゴールしていない競技者が残っていたため、規約違反で棄権になったという珍記録も残っている。ちなみに「たいきくん」はこの国体のマスコットキャラクター。

注3・「静清庵地区」:静岡県内の静岡、清水、庵原郡(いおはらぐん)のこと。富士川以西の静岡県中央部一帯。

注4・「検索エンジンで引っかかった」:その時ヒットしたのは酒造りの記事でなく、現社長こと当時の専務が日常の愉快な出来事を書きつづる記事「専務の戯言」でした。社長、すいません!

注5・「酒を販売している」:併設の店舗で酒こそ購入できるが、英君酒造は観光蔵ではないので、飛び込みでの酒蔵見学は不可。くわしくは同社ホームページを参照のこと。

注6・「社長さん」:当時。その後2005年1月に亡くなられました。改めてご冥福をお祈りします。

注7・「望月さん」:由比町にあるもう一件の酒蔵、神沢川酒造場の経営者の方も、望月さんという。ちなみに同蔵元の「正雪」も非常に人気がある一品。

注8・「さった峠」:Shift-JISで「た」を漢字表記できないためやむなくひらがなで表記。「さつ」は薩摩の薩、「た」は土偏に「垂」(薩埵峠)という漢字をあてる。

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