旅に出るまで

荒井が旅に出る理由

「どちらからいらしたんですか?」
「山形からです。東北の。」
「山形! えらい遠くから来ましたね! バイクで?」
「んだっす。今、日本一周の旅の途中なんですよ。」
「日本一周!! うらやましいですねぇ。私もやってみたいですよ...」

 旅先では幾度となくこんな会話を繰り返した。行ってみたいと日本一周に憧れる人は多いが、実際行ってしまったという人は、憧れる人ほど多くはない。多くの人は憧れはすれど、思い切るまでには至らない。日本一周に出る人とは、思い切って一線を越えた人なのだ。

 自分こと本名荒井は02年の6月から翌年9月までの一年弱、途中何度か家に戻りながらだったので正味九ヶ月ほど、野宿しながら単車で日本一周していた。
 日本一周するのは相当な豪傑という印象があるかもしれないがさにあらず。どちらかというと、荒井は引っ込み思案で、自ら進んで何かをするということもない人間だった。自分の住む場所がどういう場所か興味はあるけれど、自分で動いて確かめるということはない。大学の先輩が海外旅行に行ったという話を聞いて「自分は海外さ行ぐよりも、むしろ自分が住んでる国ば見でみったいなぁ...」とは思うもの、実現のために何かするということは全くなかった。せいぜい、足や自転車で自分の住む町を探索する程度のものだった。

 そうした軟弱青年荒井が日本一周を企んだのは、就職後間もない頃にさかのぼる。

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