津軽海峡冬景色 イン サマータイム

「初夏の北海道」

白神岬近辺
白神岬付近で。予定ではこんな陽気が続くはずだったのだが。

 延々と原野を駆ける道、ひたすら岬へ向かう道。いくつもの街や峠、気が付けば人の気配はどこにもない。ただただ、道だけが伸びており、その果てはまだまだはるか向こうである。


 日本一周の皮切りは北海道だ。旅の大雑把な方針は、暖かいうちに北海道を回って日本の最東端と最北端を極め、徐々に南下し沖縄で日本の最南端と最西端を極め、徐々に戻ってくるというものだ(注1)。
 数々のツーリング雑誌やテレビなどで「北海道は6月が最高」「北海道には梅雨がない」なんて知識は仕入れていた。そうでなくとも北海道は快適に走れる期間がごく限られている。冬の沖縄で野宿しても凍死することはないが、北海道なら死にかねない。
 折しも梅雨目前。見所満載しかも梅雨のない北海道を目指さない理由はどこにもない。梅雨を北海道でやり過ごして、梅雨明けした頃本州に戻って来ればいい。頭の中で即座にそんな青写真を描く。

 しかし甘かった。初夏の北海道で荒井は雨にたたられた上、何度も凍える羽目になったのだ。

始まりはいつも雨

 02年6月11日午前九時。準備を済ませいよいよ出発する。本格的な日本一周の始まりだ。
 しかし普通旅立ちというと気合いを入れて朝早く出発するものなのだが、荒井の場合、当日になってもうだうだと準備をしていたため、こんな時間になってしまった。天気もくもりがちでいまいち意気が上がらない。念願の日本一周の幕開けだというのにこの体たらく。現実は物語のようにカッコよくはない。というか荒井がカッコ悪いのだが。
 旅の無事を祈願しておこうと、地元の神社にお参りしていく。ここ数年初詣さえ行ったことがないのに、こういう時ばかりはきっちりとお参りしていく。何とかの神頼みという言葉がちらつく。
 山形県の内陸から酒田市に出る。酒田港で最上川の河口を眺めた。しばらくは最上川ともお別れである。北に向かっていると雨がぽつぽつ降ってきた。早速雨合羽を着込んでおく。濡れないように、足も靴ごとスーパーのナイロン袋に突っ込んだ。旅立ちから雨。気が滅入る。
 単車という乗り物は、晴れれば最高に気持ちいいのだが、雨だと急に憂鬱になる。何しろ運転している人間はむき出しだ。たかが合羽一枚を重ね着するだけとはいえ、この一枚が鉄の鎧並みに重たく感じられるのだ。しかも雨は容赦なく突き刺さってくる。合羽を着たら単車乗りに出来るのは、早く雨が止まないかと天に祈ることだけ。後で判ったことには、この日は東北地方の梅雨入りだったのだ。

 県境遊佐町の道の駅「ふらっと」で、脂ののった焼きガレイをおかずに昼食を済ませ、近所にある出羽一の宮大物忌神社(おおものいみじんじゃ)に参拝する。ご神体は鳥海山。そのてっぺんに本宮があるのだが、そこまで行くのはつらいので、ふもとの口の宮で済ましておく。
 一の宮とは旧国を代表する神社だ。一の宮の存在は賀曽利隆さんの著書を読むまで全く知らず、しかも山形県内にもあるということさえ知らなかった。知って以来度々来ていたのだが、今回は日本一周第一社目ということで改めて参拝した。

大物忌神社吹浦口之宮
出羽国一の宮大物忌神社吹浦口之宮。格式ある神社なのだが参拝客はまばらだった。

 神社を出て、間もなく秋田県との県境にさしかかった。日本一周で初めて越える県境だ。自力で県境を越えるのはいつでもワクワクする。全く違う場所へ向かう期待感。境を越えるとは未知へと踏み出す第一歩なのだ。
 雨はますます激しくなった。もはや靴は水でタプタプだ。ナイロン袋は役に立たなかったのでゴミ箱にぶん投げた。気が付けば肌寒くなっている。風を切る分単車は体感温度が下がるのだ。そんな時、たまたま岩城町(現由利本荘市)で、道の駅「アイランドパーク」併設の温泉が目に飛び込んできたのでたまらず駆け込んだ。浴室は大きなガラス張りで海がよく見える。入浴客はみんな日本海の方を向いていた。
 岩城町はロケット打ち上げ実験の地としても知られており、道の駅近くには「日本ロケット発祥の地」を記念した石碑も建っている。ロケットの絵が刻まれたどこかほほえましい碑だった。

ロケット発祥の地記念碑
岩城町のロケット記念碑。昭和30年、日本初のロケットが同町で打ち上げられたのを記念したもの。

 温泉で一心地つけ秋田市へと向かい、秋田県庁に行ってみる。日本一周二番目の県庁だ。夕方近かったので残念ながら食堂は閉まっていた。
 売店が開いていたので見物してみると、せんべいやガム、飴、ジュースといったお菓子や飲み物が豊富にそろっている。お茶の品揃えもやたらいい。職員の方々が休憩時間に嗜むのだろう。他にもなぜか果物や鮮魚精肉といった生もの、秋田名物いぶりがっこ(注2)からきりたんぽ鍋セットまで売っていた。どんな人が買うのだろう。
 県庁は職員の福利厚生のため、中には銀行や郵便局、果ては床屋まであったりする。もちろん来庁者も気軽に利用できる。庁舎の建築はもちろんのこと、こうした施設を見て歩くのも楽しみの一つだ。特に食堂のメニューと売店の品揃えはお国柄の見せ所で、県によっては相当力を入れている。

秋田県庁
秋田県庁。中には秋田スギ振興課なんて部署もあったりする。

 秋田市を出て、男鹿半島へと向かう。男鹿の道は下手なジェットコースターより面白い。すぐそばまで海が迫ったかと思えば道は急に高度を上げ断崖を駆け上る。見上げればさらに高くに山が見え、その頂は雲の中。下を見れば山はそのまま海に落ち、岸には奇岩巨岩がゴロゴロしている。
 実は荒井、これまで島や半島に行ったことはほとんどなかった。「半島だ! 男鹿半島だ! ナマハゲだ!」と男鹿の荒々しい自然にすっかり圧倒され、虜になっていた。
 夕方になると雨も小止みになっていた。さいわい、近くにキャンプ場があったのでそこに転がり込むことにした。男鹿市の桜島キャンプ場というところで、利用料1000円と少々高いが、高台にあって日本海の展望が素晴らしい。しかも露天風呂併設で入り放題となっている。雨の上季節外ということで利用客は他にいなかった。
 早速テントを張り、露天風呂に入ると疲れが出たのか、テントに戻るとそのまま寝てしまった。夜中目が覚めたので海の方を見てみると、水平線に漁船の漁り火が並んでおり、それは幻想的な眺めだった。
 自分はついに日本一周の旅に出たのだ。そして自力でここまでやってきて、この風景を眺めている。会社や家では決して見られないこの風景を。そこでようやく自分が念願の日本一周をしているという実感が湧いてきた。
 雨にたたられたものの、こうして記念すべき日本一周第一日目は無事終わった。


脚註

注1・「日本の東西南北端」:最北端は北海道択捉島カモイワッカ岬、最東端は東京都南鳥島、最南端は同じく沖ノ鳥島、最西端は沖縄県与那国島西崎(いりざき)。しかし最西端以外は一般人が普通に行ける場所ではないので、北は北海道宗谷岬、東は同じく納沙布岬、最南端は沖縄県波照間島高那崎がそれぞれ最果ての地とされている。

注2・「いぶりがっこ」:秋田名物の一つ。燻した大根で作った沢庵漬。角館のが特に有名。

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