目が覚めたのは朝の五時だった。甲板に出るとくもり空の下、函館が見えている。あれが北海道なのだ。間もなく船が接岸し、ついに北海道上陸を果たす。本当に来てしまったのだ。はるばるきたぜ函館。くれぐれも北島三郎の歌は歌わなかったけれど。
北海道ツーリングは単車乗りなら誰もが一度は憧れる。日本離れした自然の中を、思い切り駆け回るのは単車乗りにとって至上の喜びだ。おまけに食べ物も旨いときている。単車乗りでなくとも小躍りして喜びたくなるというものだ。
さっそく全国的に有名な函館朝市に行ってみた。朝早くだというのに多くの店が開き、多くの買い物客が出歩いている。それでも、開催中のワールドカップ日韓大会の影響か、いつもより客が少ない方だよと店の方は言っていた。
店の多くはカニやメロンやウニ、イクラといった北海道の名産品を扱っている。イクラやウニがごっそり載った海鮮丼を食べさせる食堂も随所にある。しかし例外なく高い。荒井はもっぱらタダで試食して廻っていた。一番イヤな客である。
後で地元の方に確かめてみたのだが、この函館朝市、地元の人はほとんど利用しないらしい。全国的に有名になりすぎてしまったせいか、観光化が進んでしまい、利用するのはもっぱら観光客という話だった。
函館市のあちこちに見所はあるのだが、次に向かったのは四稜郭だ。有名な五稜郭ではない。五稜郭の北、約3キロのところにある西洋式の土累が四稜郭だ。これも箱舘戦争の史跡で、荒井はたまたまこの存在を知ったのだが、それ以来「函館行ったら絶対行くぞ!」と息巻いていたのだ。意味もなく。
その四稜郭だが、高さ2メートルほどの土手が巡らされていて、上から見るとひしゃげた菓子箱のような四角形をしている。一周約250メートルとやたら小さい。一応史跡なのでよく整備されてはいるのだが、五稜郭と違い観光客の姿はない。「本当だ! 四角いぞ!」と、憧れの四稜郭を前に一人喜ぶ。こんなんで喜ぶ荒井も荒井だが。
そして函館市役所に向かった。役場は荒井の旅のテーマである。昼食はここの食堂で手作り弁当を食べた。チャーハン、回鍋肉、チキン南蛮、豚角煮一切れ、漬物と春雨サラダが入って480円、しかもできたてホカホカという、コンビニ弁当真っ青の内容にすっかり満足した。
昼を過ぎたので、函館見物もそこそこに、室蘭市目指して走りだす。函館を抜けると建物が減ってきた。気が付けば集落の類が一つもない。
北海道は町と町の間隔がやたら長い。本州ならば10キロも走れば隣町に行けるし、その間にもぽつぽつと集落があったりする。これが北海道だと、2,30キロは走らなければならず、その間集落さえないことがザラにある。案内標識には80キロや100キロなんて数字が当たり前のように現れる。
その上寒かった。気温がやたら低い。単車だからなお寒い。耐えきれず、雨も降ってないのに合羽を着込む。給油に寄ったガソリンスタンドのおじさんは、6月でも15度以下になるのは当たり前で、知床では7月に7度になることもあると言っていた。とにかく広い。そして寒い! 北海道が身にしみた。
恵山を抜け、イカめしで有名な森を素通りし、長万部、伊達と噴火湾を一周し、うんざりするほど走ったところで、ばかでかい煙突と工業プラントが見えてきた。室蘭である。往時の勢いはないものの、製鉄の町としてその名を知られている。初めて見る巨大工業都市の姿に、田舎者荒井は圧倒された。
まだ日はあったが、近場に野宿できそうな場所はない。寒さと広さにすっかり参っていたので、チキウ岬に近い室蘭ユースホステルに飛び込みで転がり込んだ。ユースでは同じく函館からやってきたという単車旅の方と一緒になった。彼はここに予約を入れたがため、退くわけにもいかず、寒い中、意地でここまでやってきたと言っていた。
朝から雨がちだった。八時頃ユースを出発し、室蘭の中心部に行く。
室蘭は胆振支庁(いぶりしちょう)の中心都市でもある。北海道は広いため、中は大きく14の行政区「支庁」に分けられている。北海道ではその全支庁を訪れることを一番の目標にしたので、支庁舎巡りをすることにしたのだ。その皮切りが胆振である。胆振支庁舎は室蘭の町中にある。ずいぶん老朽化の進んだ建物で、町の商店街には「支庁舎を改築しよう!」なんて横断幕が掲げられていた。
室蘭を出て、苫小牧目指して海沿いに走る。途中あまりの雨に、白老町のスーパーマーケット「くまがい」で冷やかしがてら雨宿りしていった。さすが海に近いだけあって、鮮魚売り場には地魚が並んでいた。ちなみに、かの有名な登別温泉は白老の手前なのだが、あまり惹かれないので素通りである。
苫小牧から内陸に入り札幌を目指すことにした。苫小牧から札幌までは国道36号線一本で行けるのだが、それでは面白みがないので、支笏湖経由で行った。緑深い湖畔の道路では、ジェットスキーを牽いた自動車が目立つ。湖で楽しむのだろう。
湖畔の恵那岳を越え、札幌市内にほど近い真駒内まで来ると、雨はすっかり上がり、晴れ間が覗いていた。早めに寝るところを確保しようと「ツーリングマップル」(注1)を取り出して見てみると、近場にライダーハウスがあったので、そこを利用することにした。
ライダーハウスとは旅人のための木賃宿だ。北海道の随所にあり、値段の安さもあって多くの旅人が利用している。いろいろ探し歩いて、札幌市南の果て、定山渓に近い山奥にあるライダーハウス「札幌大自然の宿オートハウス」にたどりついた。
初めて見るライダーハウス。でかいがボロっちい丸太小屋と、その脇にこれまたボロっちい作りの自炊練と談話室がある。名前の通り野趣溢れるところだ。普通の人だったら敬遠したくなるだろうが、荒井は旅人なので「これがライダーハウスが! なるほど!」としきりに感心してしまった。
談話室には先客が何人かいた。彼らに風呂が沸いてるよと勧められる。ここオートハウスの売りは五右衛門風呂である。薪で湧かす本格的なものだ。どんなものか確かめようと、ザックも降ろさず浴室を覗いていたら、「そのまま風呂に入るつもりかい!?」と、なぜかその先客の皆さんに大いにウケてしまった。荒井にそのつもりはなかったのだが。
ザックを降ろしてひとっ風呂浴びた後、改めて談話室に行ってみる。先客の皆さんはなじみの客らしく、愛称で呼びあっていた。京都のカワサキ乗りカールさん、地元札幌在住の出入りの男ゴンちゃん、リーダーさん、謎の男連泊長さん。特にすごいのが「大阪さん」だ。大阪在住のおじさんなのだが、毎年この時期になると愛車を駆って北海道に渡り、夏の間をオートハウスで過ごすのだという。冬は旅の資金を貯め、夏になると旅に出て、オートハウスに来るようだ。
「毎年冬に沖縄のサトウキビ刈りでお金を貯めて、夏になると北海道に渡ってる旅人が結構いるんだよ。」と、青森港で出会った小島さんが言っていたのを思い出す。
一般人は普通に生きている限り、旅人と交わることはほとんどない。世の中にはこうして生きる人もいる。世界にはまだまだ知らないことが多い。これまで自分はどれだけ限られた場所で、限られた物の見方をして生きていたかと思い知るのだった。
夜になり、談話室備え付けの薪ストーブに火が入る。北海道はこの時期でも、夜はストーブが必要なほど寒い。カールさんたちともすっかり仲良くなり、消灯時間まで皆さんとあれこれおしゃべりをしていた。旅の話からススキノおすすめ風俗店の話まで、出るは出るはの話の数々。見た目はぼろっちく、濃ゆい面子が集まるオートハウスではあるが、荒井の性に合ったのか、居心地は良かった。
注1・「ツーリングマップル」:昭文社発行の道路地図。7巻に分けて全国の地図を収録している。林道、安宿、キャンプ場、名所情報などが詳しく載っており、文字通りツーリング向けに特化した仕様となっている。荒井が旅に持ってったのはこれの2002年度版。
旅人宿の代表格がユースホステルです。ドイツ発祥の全世界的なものでして、日本にも随所にあります。一般人も利用できますが、頻繁に利用するなら会員になったほうがお得です(会員価格は素泊まり3000円、1000円程度上乗せで夕食追加が相場。非会員は素泊まり価格が1000円高い)。
男女別相部屋、門限厳守、寝具セルフサービスが基本ルールです。かつてユースというと、決まりごとが厳しいイメージがありましたが、最近はずいぶん緩和されたようで、酒を飲むこともできるようになりました(だから何でもありだと勘違いしないように)。また一般人を遠ざけていた「ミーティング」(ユース主催で歌えや踊れやの宴会をすること)も、今やほとんど残っていません。最近ユースは利用者が減ってますので、救済する意味でもどんどん利用しましょう。
北海道を旅するなら、ライダーハウスを利用する機会もあると思います。自炊設備と洗濯機が備わった、男女別相部屋雑魚寝の簡易宿泊所でして、素泊まりのみ、一泊1000円以下というのが一般的です(無料のところもある)。特に北海道はライダーハウスが多く、旅人の強い味方となっています。
その多くは運営者のご厚意で成り立っている場合がほとんどです。旅館のように至れり尽くせりのサービスや、きれいな設備を期待してはいけません。ゴミの処分や後片付けなどは自分でするのが当たり前となっています。他の利用者の迷惑になることは慎まなければなりません。それと、ライダーハウスは人によって相性の差が激しいこと、一緒になる泊まり客によって相当に印象が変わること、夏季のみ営業の場所が多いことを付け加えておきます。