(咲いてない)ラベンダーの中で

 屋根があると起きるのが遅くなる。おかやすを出たのは午前九時近くだったが、高橋さんたちはまだ寝ていた。起こさないように静かに出て行く。
 空模様は上々だ。近場の「セイコーマート」でサンドイッチと牛乳を買って朝食にする。「セイコーマート」は北海道で一大勢力を誇るコンビニだ。みかん色に白で「Seicomart」と浮き上がった看板が目印である。他のコンビニと比べ、弁当やサンドイッチといった商品が若干安い。様々な特典がつく会員制度もあり、荒井もここで入会してしまった。

ゲートボール発祥の地記念碑
ゲートボール発祥の地記念碑。字の上には交差したスティックと紅白のボールが。

 次に向かったのは帯広の隣、芽室町である。ここはゲートボール発祥の地である。敗戦後、同町でパン工場を営んでいた方が、青少年のためにクロッケーを元にして作ったのがゲートボールである。町内の運動公園には立派な屋内ゲートボール場はもちろん、「ゲートボール発祥の地」の記念碑もある。発祥の地を記念して、毎年大規模なゲートボール大会も開かれている
 せっかく来たんだからと、屋内ゲートボール場併設のゲートボール記念館を見学してきた。ゲートボールの歴史にまつわる展示が中心だったが、なぜか「一緒にゲートボールをしたい有名人トップ3」なんて番付も張り出されていた。3位は歌手五木ひろし、2位は女優森光子、そして栄光の1位はなんと落語家三遊亭楽太郎師匠だ。さすが「腹黒」楽さんである(注1)。

 芽室町を出て、新得町に「大原始林開拓苦闘碑」を見に行く。新得町の歴史は、明治32年に村山和十郎が入植したことに始まるが、その村山翁が、荒井の地元山形は東根市の出身なので興味を持ったのだ。
 碑は町の中心部から40キロほど離れた山奥、富村牛(とむらうし)集落にある。碑そのものは村山翁の功績を称えたものではない。戦後、食糧難を背景に、富村牛に入植した人々の苦闘を記念したものだった。
 新得町の中心部は、今や広大な農地が広がっている。富村牛も、牧場や農場があちこちに見られた。碑は顧みる人も少なく、道ばたにひっそりと建っている。
 ところで、富村牛は、旅人には相当に有名な無料露天湯「ヌプントムラウシ温泉」のお膝元でもある。苦闘碑からそう遠くないのだが、ヒグマが恐かったんでこちらの方には行ってない(現にこの一月前、富村牛近辺でヒグマ目撃情報があったとか)。

大原始林開拓苦闘碑
大原始林開拓苦闘碑。しめ縄と紙垂(しで)に先人達の執念を感じてしまう。

 往復80キロという壮大な寄り道の後、狩勝峠を越えて富良野を目指した。峠の前で大型車が3台連なっていたため展望が開けず、しびれを切らして前に出ようと、路肩を結構な速さで走っていたら、なんと目の前にネズミ捕りの警察がいた。急減速したものの、速度超過は間違いないと覚悟を決めたが、なんと何のおとがめもなかった。どうやら準備中だったようだ。おかげで助かったものの、どこか割り切れない。
 無事南富良野町に着いたところで、「にわとり牧場」という店で遅い昼食にした。ここの売りはたまご料理だ。隣の広場で放し飼いにされている、鶏のたまごを使っている。トマトソースのオムライスを食べたのだが、ふわふわトロトロでたまごの旨みが味わえる逸品だった。

 「にわとり牧場」からほど近い、JR幾寅駅は映画「鉄道員」の撮影現場となったことで有名だ。駅の周囲には撮影に使ったオープンセットがそのまま残っており、町の新名所となっている。映画は見てないが、せっかくだからと見物することにした。
 セットはどれも古ぼけた建物の面影を残している。駅そのものも、撮影にあたって改装されたそうだ。入り口には劇中での名前「幌舞駅」の看板が掲げられてあり、本来の名前「幾寅駅」の看板よりも目立っている。映画を見た観光客も何人かいて、あぁこの駅だよ、と映画と実物を見比べていた。ここで健さんや志村、広末涼子が撮影していたのか。
 こんな年季の入ったセットどうやって作ったんですかね、と、セット前にあるみやげ屋のおばちゃんに訊いてみると、使ってる材料はみんな新品なんだけど、焼いたり、ペンキを塗ったりとか、工夫して年季をつけてたんですよと教えてくれた。駅舎の窓もアルミサッシだったのを、わざわざ昔風の木枠のものに取り替えたそうだ。
 そのみやげ屋ではいもだんごを売っていた。気に入って撮影の合間、健さんが何度も食べていたそうだ。荒井も食べてみたが、じゃがいも風味の餅といったところで、軽くつまむのにちょうどいい。これも北海道名物で、道内随所で食べられる。

 そして北海道の真ん中、富良野市へとやってきた。荒井がこの名前で真っ先に思い出すのは「キャプテン翼」(注2)である。決して田中邦衛ではない。
 とはいえ町を一躍有名にしたのは間違いなく、田中邦衛もといテレビドラマ「北の国から」だろう。近郊には、撮影セットや、脚本家倉本聰が主宰する演劇養成所がある。最近はラベンダーの里として、全国から観光客を集めている。
 その富良野市で電気屋を冷やかして、しばらくしてから出たところ、天気は一変して雨降りになっていた。そりゃないぜと思いつつ、合羽を取り出した。

 雨にはなったものの、寝るにはまだまだ早い。せっかくだから富良野名物ラベンダーでも見てみようと、手近なラベンダー園「彩香の里」に行ってみた。
 ところがまだ咲いていなかった。薄紫色の蕾が付いてはいたが、それだけである。よく写真とかで見るような、あたり一面ラベンダー! という景色にはほど遠い。もちろん見物人なんか自分一人しかいやしない。ラベンダー独り占めだ。
 「初夏の北海道どいったら、花も見頃でねがったなが?」と、独り占めした株ラベンダーの中で疑心暗鬼に陥りつつ、その日の野宿地を探すことにした(注3)。
 雨だったので、キャンプ場に張る気にはなれなかった。どうしたものかとうろついていると、たまたま農協のライスセンターが目に入った。人気もなければ雨をしのげる程度の屋根もあったので、そこに張ることとした。
 この日の夕食は、「彩香の里」の自販機で買ったキリンメッツガラナが一本だった。

道庁に行く

空知支庁舎
ほとんど勘だけで探り当ててしまった空知支庁舎。

 こういう場所にテントを張ったら、人が来る前にさっさと撤収しなければならない。朝になり、テントを片づけ出発する。くもっていたが、雨は止んでいた。途中三段の滝をちょっと見物した以外は真面目に走った。富良野から岩見沢までは市二つを隔てたに過ぎないのだが、時間がかかったようで岩見沢に出たのは十時頃だった。
 岩見沢市は空知支庁の中心都市である。その支庁舎はあっけなく見つかった。国道12号線を札幌方面に走っていたら、北海道の道章が描かれたパラボラアンテナ付きの立派な建物がある。あれかと思い行ってみたら案の定、そこが空知支庁舎だった。
 とりあえず売店を覗いてみる。菓子や事務用品以外に、なぜかゴルフボールまで売っていた。空知支庁に限らず、役場の売店ではゴルフ関連商品を扱っているところも多い。接待かなんかでゴルフをする職員が多いのだろうか。
 昼はここの食堂で、日替わりセット「ザンギカレーときつねうどん」を食べた。ザンギというのも北海道名物で、平たく言えば鶏の唐揚げである。唐揚げことザンギが乗っかったカレーときつねうどん。不味くはないが、よくわからない取り合わせである。

道庁
北海道庁。道政の中心にして日本最北の都道府県庁。

 岩見沢から札幌まではすぐである。支庁も変わって石狩支庁となる。道央一周の終点はその札幌にある道庁だ。札幌市は言わずと知れた、北海道の道庁所在地である。
 道庁はコンクリート製12階建てのどっしりした建物である。さすが巨大な地方自治体北海道だけあって大きいな、と妙に納得する。
 道庁一帯は、かつて北海道開拓団の各種施設が建てられていた場所である。特に道庁隣にある旧庁舎は「赤れんが」の愛称で知られ、観光名所となっている。現在は見学者向けの記念館のようになっているが、一部の部屋は今でも道庁の施設として使われている。

旧道庁「赤れんが」
旧道庁。明治22年に建てられた。時計台とともに開拓時代の名残をとどめる。写真は道庁案内パンフレットから。

 札幌市は石狩支庁の中心都市でもある。石狩支庁舎だけは独立した庁舎がなくて、道庁別館の中に入っている。こちらの方にも行ってみて、無事石狩支庁舎訪問も達成した。訪問を記念して、ここの売店で売っていた島川製菓のミルクカステラを、よつば乳業のシークヮサージュースを飲みながら食べた。ミルクカステラは北海道ならどこでも手に入る駄菓子だ。シークヮサーは沖縄特産の柑橘類である。南北の食べ物を食べつつ「沖縄県庁はどんたどごなんだべなぁ。」と、日本最北端の道庁別館で、日本最南端の県庁に思いを馳せた。

 夕方になり、札幌市役所の展望喫茶で焼きそばスパゲティを腹に入れてから、もはや定宿と化したオートハウスへ行く。カールさんや大阪さんといったいつもの面々に加え、その日は猥談好きの謎の修行僧「坊主」さんがいた。あまりの過激さに、さしもの面々も「本当に坊主かよ?」と多少気おされていた。ライダーハウスにはこうした面白い人も来たりする。


脚註

注1・「『腹黒』楽さん」:楽太郎師匠はゲートボール愛好家としても知られている。その戦略の奥深さに魅せられ、公式審判員の資格まで持っている。

注2・「キャプテン翼」:サッカー漫画の名作。高橋陽一作。主人公大空翼が所属する南葛FCのライバルの一つに、富良野FCというのが出てくる。実は富良野の地名はこれで初めて知りました。

注3・「花も見頃」:富良野とラベンダーの名誉のために言っておくと、ラベンダーの見頃は7月。荒井が行った6月中旬はまだ早い。むしろこの年は春の異例な陽気のせいで、例年より開花が2週間は早かったとか。


荒井の耳打ち

北海道ならではの事情2〜セイコーマート

 「Seicomart」の看板を見て、北海道に来たと実感する人は多いのではないでしょうか。北海道全域にあるので、旅では何度かお世話になることでしょう。弁当類が安いのも旅人にはうれしいところです。
 荒井が全国各地で会った旅人達は、どういうわけか、みんなセイコーマートのカードを持ってました。カード会員になると、ポイントが貯まったり、クーポン券が利用できたり、特定商品が割引されたりといった特典があるのですが、旅人はむしろ、北海道に来た記念として作ってることの方が多いようです。カードそのものは、店舗で申請すればその場ですぐ発行されます。
 セイコーマートは本州にも若干ありますが、残念ながらこちらでカードは使えません。

セイコーマートカード
セイコーマート会員カード

北海道ならではの事情3〜羆

 ヒグマは日本最大の肉食獣で、北海道のみに生息しています。滅多に遭遇することはないと思いますが、道内全域が生息域に入るので、用心するに越したことはありません(特に知床は密度が高い)。02年には、ヒグマ出没のため、稚内の有名なキャンプ場が営業停止になってます。簡単にでもその生態、習性、対策ぐらいは頭の片隅に入れておきましょう。具体的な対策はネットでも簡単に調べられます。
 本来北海道のヒグマは臆病で、基本的には人を察知すると自分から離れるそうです。そうではない個体がいる、ということの意味を、ぜひ知っておいてください。

前に戻る文頭に戻る目次に戻るトップページに戻る次を読む