函館山遭難未遂

渡島支庁舎
渡島支庁舎。ガラス張りの建物が特徴。

 深夜便のフェリーで青森に戻ることにしたので、昼間はまるまる時間が空くこととなった。そこで函館見物に出かけた。来たときはすぐ室蘭に行ったため、そんなに市内を廻っていないのだ。
 まずは渡島支庁舎に行った。これで北海道にある全14支庁の庁舎を廻ったことになる。全支庁舎訪問達成だ! と一人喜ぶ。
 渡島支庁舎は函館らしい瀟洒な建物で、大きな吹き抜けのロビーは、周囲がガラス張りになっていることもあり非常に明るい。売店には函館らしくトラピストクッキーなども置いてある。食堂には目玉焼きカレーやカルボナーラといったハイカラな洋食がメニューに並んでいた。利用したかったが、昼食は「ライムライト」でおすすめの店をいくつか教えてもらったので、今回は見送った。

 それで昼食は「朝市で海鮮丼を食べるんだったら、こちらの方が断然安くてお得ですよ。」と西山さんおすすめの「梅乃寿司」のちらし寿司にした。百貨店「和光」の地下にある寿司屋で、店の主人がドリフターズのいかりや長介に似ている。さておき、このちらし寿司が噂どおり、大盛りのシャリに鮭、マグロ、ホタテ、イカ、その他もろもろの寿司ネタどっさりの上、ウニ、とびっ子、イクラまでのっけてなんと735円という「もう朝市なんか行ってらんネーヨ!!」という逸品だった。朝市でこれと同じ物を食べようと思えば、最低2000円は下らない。

五稜郭の水飲み場
五稜郭内で見つけた水飲み場。城にちなんで五角形をしている。

 ちらし寿司にすっかり満足したところで、この前素通りした五稜郭を見に行った。今度は四でない方である。現在城郭の中は公園となっている。堀に沿って内側を一周してみると、野外劇場が設けてあったり、休憩所があったり、博物館があったりと、すっかり市民憩いの場となっている。近くにある五稜郭タワーに登って見下ろすと、確かに五芒星の形をしていた。幾何学模様のような形の城郭は、西洋の築城理論を採り入れたもので、砲撃戦に備えた設計なんだそうな。

旧函館支庁舎
旧函館支庁舎。1909年に建てられた。北海道の文化財にも指定されている。

 次に向かったのは函館山の麓、元町公園だ。最近できたばかりのペリー像の前にDJEBELを置き周囲を歩いた。有名な旧函館公会堂、イギリス領事館は外から眺めるだけにして、旧函館支庁舎を見学する。こんな時でも役場にこだわるのがなんというか。現在一階は案内所、二階は写真博物館になっており、蛇腹式のクラシックカメラをはじめ、珍しい写真器材がいくつか展示されている。函館は北海道で最初に写真館ができたところである。
 次は少し足をのばして、立待岬の近くにある碧血碑(へっけつひ)を見に行った。明治時代に建てられた、戊辰戦争の幕軍側戦死者を弔う慰霊碑である。その名前は「義に殉じた武人の血は三年経つと碧色になる」という中国の言葉に由来している。市内には新撰組の土方歳三最期の地もある。箱舘戦争で銃弾に倒れた地とされているが、その土方も碧血碑に弔われている。

碧血碑
碧血碑。明治期、幕軍犠牲者は反逆者だったため、建立の由緒を記す碑文はあえて歯切れの悪いものになっている。

 ここで間食にしようと、「ラッキーピエロ」でハンバーガーを食べる。「ラッキーピエロ」は函館市内に数店舗を構えるハンバーガー屋で、進出してきたマクドナルドが撤退していったというほど、函館市民に絶大な人気を誇っている。もちろん注文を受けてから作るので、できたてが食べられる。店内のBGMはアメリカのオールディーズ。内装も楽しく食べてもらおうと工夫を凝らしているのがうかがえる。店員さんの応対も丁寧だ。チャイニーズチキンバーガーを注文したのだが、一口食べて、驚いた。唐揚げをはさんだハンバーガーなのだが、レタスはパリパリ、唐揚げは揚げたてでふっくら、何よりパンそのものがひと味もふた味も違う。帰りのフェリーに乗る前に、もう一度食べるぞと即決断した。

 函館なら夜景も見といた方がいいだろうと、夕方近くになって函館山に行くことにした。とはいえその日は麓からでも函館山の頂上がガスっているのが一目瞭然で、夜景が見えないことは確実だった(注1)。それでも函館山は面白そうだったので、行ってみることにした。

 まずは腹ごしらえ、函館地場のコンビニ「ハセガワストア」、通称ハセストで焼き鳥弁当を食べる。ハセストの焼き鳥弁当自体は結構前から知っていたのだが、帯広の「おかやす」で、函館出身の高橋さんが「函館だったらハセガワストアの焼き鳥弁当が旨いですよ!」と教えてくれるまですっかり忘れていたので、函館行ったら絶対食うぞと思っていたのだ。
 ハセストの焼き鳥弁当は、ご飯の上に海苔を載せ、さらに焼き鳥を3本載せただけの簡素なものだが、なんと注文を受けてから、その場で焼き鳥(注2)を焼いて作ってくれるのが最大の売りだ。函館出身の「GLAY」の面々も、この焼き鳥弁当が大のお気に入りで、ある時はコンサートの打ち上げで、ハセストに協力してもらって、できたての焼き鳥弁当を振る舞ったことまであるそうだ。それほどまでに市民に愛されていることがわかる逸話ではないか。
 店内に設けられたテーブルで、コアップガラナをお供に、念願のできたて焼き鳥弁当を食べる。簡素ながら素材やタレなどにもこだわりを見せており、海苔は切れ目入りで食べやすくなっているという凝りようだ。弁当の容器には、焼き鳥の串を抜くための溝まで作られている、この細かい心遣いもうれしい。梅乃寿司といい、ラッキーピエロといい、ハセストといい、函館市民はこんな安くて旨いものを食べているのだ。函館市民はズルい!!

コアップガラナの瓶
コアップガラナの瓶。デザインは和服姿の女性を元にしたといわれている。

 腹ごしらえが済んだので函館山に向かった。函館山自体は車でも登れるのだが、夜になると一般車両は通行止めとなってしまう。もちろん単車でも登れない。そこで多くの人はバスやタクシー、あるいはロープウェイで山頂に行くことになるのだが、実はひっそりと、山頂へ続く登山道があるのだ。そんなものの存在を知ってしまったが最後、歩いて登りたくなるのが荒井というものだ。
 ロープウェイの駅にDJEBELを置いて、さっそく歩き出す。はじめのうちは車道を歩いていたが、やはり函館一の名所だけあって、団体客を乗せた大型バスが何台も通過する。邪魔にならないように気を遣う。
 実はこの車道、歩行者も通行禁止だった。荒井は登山道の入り口が分からず、とりあえず歩いていたのだが、やはり邪魔になるらしい。道ばたにいた警備員の方が登山道を教えてくれたので、ようやく車道を逸れて、車を気にせず歩けるようになった。
 ところがこの登山道が異様に暗かった。林の中にあるだけでなく、一部草などに埋もれ、どこにつながっているかが分かりづらい。遊歩道とかそんな気の利いたものではなく、全くの登山道だ。しかも、もはや日は暮れあたりは真っ暗。果たして自分が通っている道が山頂につながっているかさえも定かでない。もちろん人気は全くない。おまけに登るにつれ、ガスまでかかってきた。「遭難」の二文字が頭をかすめる。函館山で遭難。函館山から白骨死体で発見。カッコ悪すぎだ。

 散歩がてら、彼氏彼女でも誘って山頂まで歩こうというのなら、絶対にやめておきなさい! 間違いなくフラれるから。

 ともあれ、心細くなりながらそれらしいところを進んでいると、正しい道だったようで、明かりとともに山頂の建物が見えてきた。登頂成功である。助かった。函館山遭難という最悪の事態は免れた。
 やはりというか、ガスのおかげで夜景は全く見えなかった。山頂の展望所には修学旅行の生徒をはじめ、観光客が大挙押し寄せていたが、皆見えない見えないと言いあっていた。たまにガスが薄くなって、わずかに町明かりが見えるだけでどよめきが上がる。生徒達はギャーギャーはしゃいだり、ガスを背景に写真を撮っていたりした。ヤケだろう。
 山頂のロープウェイ駅は、みやげ屋とレストラン併設である。みやげ屋には「土方歳三の血」というワインが置いてあった。ただの赤ワインなのが解せないところだ。土方の血は碧色でなかったのか。他にはスライドショーを上映する小劇場もある。函館の夜景をテーマとした10分ほどの小品で、一応見てみたが、観客はまばらだった。多くは見終わってから「やっぱり夜景が見たかったよ」「これじゃ夜景の代わりにならないな」など言っていた。
 帰りはロープウェイを使った。乗客は我先にとゴンドラの前方に陣取って、窓にへばりつくようにして、発車を今か今かと待ちかまえている。函館山の中腹、ガスが切れたところからなら夜景が見えるので、それを狙っているのである。動き出して、少し下ると待望の夜景が現れた。しかしロープウェイは安全上、止まるわけにいかずそのまま下り続けるので、あっという間に夜景は個々の明かりに散らばってしまった。十数秒のはかない夜景であった。
 ところでさっきのスライドショーの内容は、まさに個々の街明かりが集まって、函館の夜景を作っている、というものだった。

 その後またラッキーピエロに行き、夜食を食べる。今度は名前からしてアヤしい季節限定商品「イカ踊りバーガー」と、無難なところでエッグバーガーを注文する。イカは函館の特産品の一つで、実は函館の市魚にまで制定されている。イカは魚だったのだろうか。
 イカ踊りバーガーはハンバーグの代わりにイカフライが挟まったもので、エッグバーガーは文字通り、目玉焼きを挟んだハンバーガーだ。えてして旨いハンバーガーとはそういうものだが、どちらも具がこぼれやすく、食べるのに気を遣う。
 店を出ようとすると、店内の客に呼び止められた。なんとライムライトの西山さんだった。誕生日を迎えた友達を引き連れ、仲間達と一緒に市内のラッキーピエロ巡りをしていたのだ。
 ラッキーピエロでは、誕生日に証明できるものを持って店に行くと、クリームソーダとステッカーを進呈してくれる。その上店員さんの音頭で、居合わせた客全員で「ハッピーバースデイ」を歌い祝福してくれるのだ。さっそく店内全員大合唱である。もちろん荒井も一緒に歌ってきた。
 「今年は新しい店が一つ増えたので廻るのが大変でしたよ!」と西山さんは笑っている。その誕生日を迎えた女の子も「9店舗も廻っておなかがタプタプなんですよ〜。」と笑っている。いかにも函館ならでは、楽しい誕生日祝いである。そこでなぜか、荒井がそのクリームソーダをいただけることになってしまった。
 函館に来て、最後の最後で、また最高に楽しい思い出ができた。改めてライムライトの皆さんの見送りをうけ、港へ向かって走り出す。ついに北海道を後にするときが来たのだ。

旅人の天地

 初夏の北海道は予想とまるで違っていたが、それゆえに忘れがたい旅となった。港には北海道から青森に渡る単車が集まっていた。ここは様々な旅人が交差する場所だ。また来るぞと思い北海道を後にする旅人、憧れとともに北海道に渡ってくる旅人。他にも他にも...

 北海道は旅人の天地である。地元住民の旅に対する理解が深く、非常に旅がしやすい。日本離れした広い土地を廻る魅力もある。安定した境遇や社会的地位を捨ててまで旅して廻る人は数多く、惹かれてしまうあまり、居着いてしまう人までいる。道民以上に北海道に詳しい旅人はそう珍しいものではない。
 しかしその一方で、旅人は、結局はよそものでしかないのか、と思うこともある。所詮旅人の視点は旅人の視点でしかない。地元の人間とは違うのだ。

 北海道は四方を海に囲まれている。船か飛行機でなければ行けない。列車とて、50キロもの海底トンネルを通らなければならない。ある意味他とは隔絶されている。そのことは北海道民が本州を「内地」(ないち)と呼ぶことに端的に示されている。
 船や飛行機に乗る時に、内地の人間はしがらみといったものをすっかり内地に置いてくるのではないだろうか。そして北海道という場所にいるときだけ、思うまま、無心に旅が出来る自由を謳歌する。ところが道民はそのしがらみとともに、北の大地で生きている。

 船に乗り込むと、一緒になった中年ライダー軍団の方にビールをご馳走してもらった。「マスツーリングで東北を走ってくるんだよ!」と言っていた。自分もいつまでも感傷に浸ってはいられない。ようやく北海道を一周したばかり、これからはもっと広い本州や、さらにその南、四国九州沖縄まで足を伸ばすのだ。一眠りして起きた頃には本州、次なる旅の舞台である。


脚註

注1・「ガスっている」:登山用語。濃霧がかかって見通しがきなかい状態。別にプロパンガスや都市ガスが充満しているわけではない。

注2・「焼き鳥」:厳密には鶏肉でなく豚肉を使っている。函館周辺では、豚肉を使った串焼きを焼き鳥と呼ぶのが一般的。


荒井の耳打ち

とほ宿

 ついに荒井は一度も利用する機会はありませんでしたが、とほ宿が多いのも北海道ならではです。とほ宿というのも旅人の宿です。ユースやライダーハウス同様、相部屋なのですが、こちらは若干料金が高くなっており、その分豪華な食事で差別化を図っていることが多いようです。

野宿のやりかた5〜野宿は最良の手段か?

 確かに野宿には利点が多いのですが、無理して野宿するならば、宿を使った方がいいこともあります。治安や天候などなど、その都度状況をみながら、上手に野宿と宿を使い分けるのが理想です。

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