東北の果て

ビジネスホテル西山
ビジネスホテル西山。館内には相馬野馬追いの鎧など飾られていた。写真は小冊子から

 宿の方にコーヒーを勧められ、一息ついてから出発する。ここ数日の鬱憤を晴らすかのように空は見事に晴れ上がっていた。東北地方もこのあたりは関東に近く、山よりも平野の方が目立っている。風景もどこか明るい。9月も半分を過ぎたというのに多少暑さを感じるのは、この陽気だけのせいではないのだろう。

 国道6号線は幹線道路であるせいか車が多く、流れは緩やかだった。2時間強走ってようやく塩屋崎に着いた。岬は歌手美空ひばりの歌「みだれ髪」で一躍有名になったせいか、美空ひばりの像や記念碑などが建っていた。あたりはファンとおぼしき中高年も多い。売店では美空ひばりのCDを繰り返し流していた。
 岬の灯台が見学できるというのでさっそく行ってみたが、受付のおばちゃんは今日は風が強くて見学中止だと言っていた。塩屋崎灯台は切り立った断崖の上に立っている。灯台の下ではさほど風もないように感じられるのだが、いざ灯台の上に立ってみると、断崖の下から吹き上げる風が強くて危険なのだそうだ。「こんな時、万が一のことでもあったら大変でしょう? 風で帽子を持っていかれた人もたくさんいるのよ。軽い人だったら間違いなく吹き飛ばされちゃうわ。だから誰がなんと言おうと、風が強い時は見学中止にしてるのよ。」 強風で見学中止になるのは珍しいことでもなく、度々だとも言っていた。

塩屋崎灯台
小高い断崖の上に立つ塩屋崎灯台。風が強いという話に岬の険しさを思う。

 しばらく海沿いの道を走る。浜にはウェットスーツの波乗り客や、砂浜に座って何するでもなく海を眺める人の姿が目立った。秋とはいえ、海に繰り出すには悪くない日和だった。そうこうして走るうち、とうとう福島県と茨城県の県境、勿来(なこそ)に来てしまった。

勿来関跡
勿来関跡。異境への入り口は異境への出口でもある。右にあるのは源義家の騎馬像。

 勿来にある勿来関は、鼠ヶ関・白河関と並び、古来東北と中央との出入り口となった「奥州三関」の一つである。かつて都人にとって、板東のさらに奥にある陸奥(みちのく)は蝦夷(えみし)の土地で、もはや異境の地であったという。特に勿来の名は「来るなかれ」の語に由来しており、そのことを端的に示している。都人は一抹の不安とあこがれを抱きつつ、ここから未知の国、陸奥にやってきたというわけだ。そして現在でも、勿来は関東と東北の大きな境の一つとなっている。
 しかし東北生まれで東北育ち、東北からさほど外に出たことのない荒井にとっては、陸奥こそが自分の暮らす世界だ。来る者を拒む関の先にこそ、異境が広がっているのだ。関東や畿内など全く未知の国。「ついにここまで来たんだな。これがら東北以外の場所ば見で廻るんだ!」と、東北の南の果てで、まだ見ぬ地の数々に想いを馳せた。
 気が付けば関所跡の公園では、東北ではすっかり聴かれなくなった蝉がまだ盛んに鳴いていた。

 勿来関の公園を出るとそこはもう茨城県、海沿いルートも本格的に関東突入である。日立市で国道245号線に入り、放射線漏れ事故で大きく話題になった東海村を素通りし、国道51号線に合流したところでまた内陸に入って茨城県の県庁所在地、水戸市に向かった。
 実は水戸は大学受験のため、以前一度だけ来たことがあった。関東では田舎の方だとはいえ、東北地方のどの都市と比べても都会的な風貌の町並みに「さすが関東、首都圏だ!」と驚いたものである。結局荒井は盛岡の大学に入学するのだが、ひょっとしたら水戸で四年間を過ごしていたかもしれないのだ。
 日も傾きかけていた。ひとまず県庁を下見した後、水戸市内の偕楽園ユースホステルに泊まることにした。ユースは偕楽園に近い青年会館の一角を利用している。職員さんの応対も非常に丁寧で、特にご厚意で単車を館内のロビーに駐車できることになった。何より盗難が心配な単車旅人にとってこの気配りはとてもありがたい。多謝!

ジョージアマックス
激甘ジョージアマックス。その前身はちばらき限定「マックスコーヒー」

 夕食は近所、大工町の「セブンイレブン」でハヤシライスとあんかけ焼きそば、そして茨城に来たら絶対飲もうと決めていた激甘缶コーヒー「ジョージアマックス」を買い込んできた。期待のマックスコーヒーはとんでもなく甘いという噂だったが、思うよりまともに飲めた。
 この日ユースでは、電車で日本国内を旅する学生の方と、広島の車旅の方と一緒になった。電車旅の方は様々な技を駆使して切符を使い、東北や北海道を巡っていた。旅の途中郵便局を探しては100円貯金をするのが楽しみだという。こうすると郵便局のはんこがもらえるそうで、それが旅の記念になる。こんな具合に郵便局巡りをしているという方もけっこう多い。広島の方は車で北海道を旅して、フェリーで帰ってきたところだ。「最終日は移動の都合で厚岸から苫小牧まで400キロ程一気に走りましたよ!」 旅を楽しむ旅人同士が集まるのもユースの大きな魅力である。

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