日本道路最高所

首都圏で漂流する

 ゆうさんと会うのは翌日になっていた。海岸線沿い一周はひとまずお預けにして、茨城県庁に行ってから東京を目指すことにした。予定ではそれから奥多摩経由で乗鞍スカイラインへと向かうのだが、途中で諏訪湖をかすめることになるので、ほとりにある信濃国一の宮、諏訪大社も参拝できるという勘定だ。

 朝食は偕楽園ユースにお願いしたのだが、ここの食事は外部の業者に仕出し弁当を頼む方式だった。中身は目玉焼きに炒めたキャベツ、ハムとブロッコリー、れんこんとにんじんの煮物、キュウリとみょうがの酢の物。それに海苔とインスタントの緑茶とみそ汁が付く。ご飯の真ん中には梅干しが載っていたが、名物の納豆は付いてこない。偕楽園ユースは簡易宿泊所の性格が強いので、食事はこうしているようだ。ただし料金は非常に安く、一泊なんと1560円(素泊まり)。立地もいいのでおすすめだ。

水戸東照宮
水戸東照宮。家康公と水戸藩初代藩主頼房(よりふさ)公が祀られている。写真は由緒記から

 八時過ぎに出発し、駅前の旧い商店街のそばにある東照宮に参拝する。水戸といえば尾張・紀伊と並ぶ徳川御三家の一つ、東照宮は徳川家康公が祭神なので、小さいながらも水戸にも分社があるというわけだ。
 神社は掃除の最中で、手洗舎は水が抜かれていた。掃除のおばちゃんによれば、一日に一度、こうしてすっかり掃除するらしい。それといっしょに神社の説明をしてくれた。現在の社殿は戦後再建されたものだが、戦災で消失した旧社殿には見事な指物がいくつも飾られており、本家日光にも引けを取らなかったそうだ。また、日光だけでなく、東照宮はここばかりか全国にあるという。それというのも遅れて徳川家の臣下となった外様大名(とざまだいみょう)諸家が徳川幕府に一応の忠誠心を示すため、領内に東照宮を建てたからだという。そういえば伊達六十二万石の仙台にも立派な東照宮がある。あれはそういうことだったのかと納得する。

 県庁食堂が開くまで、水戸芸術館を見学した。日本有数の現代美術館で、度々面白い企画展をやっていることは知っていたが、これまで来る機会もなく、今度の旅ではぜひ行ってみたかったのだ。
 このときは「カフェ・イン・水戸」という企画展をやっていた。新進気鋭の芸術家たちによる競作展だ。参加型の展示が多く、かなり楽しめる内容だった。作品は芸術館ギャラリーのみならず、商店街や駅などにもさりげなく展示されていたのだが、さも当然のように街にとけ込んでいる様は芸術館の姿勢をよく表している。
 芸術館の目印になっているシンボルタワーにも登ってみた。平日は入り口の鍵がかけっぱなしになっているため、受付のお姉さんにお願いして案内してもらうことになる。シンボルタワーは正三角形のパネルをいくつも組み合わせたような形をしており、高さは100メートル。最上階は展望台になっているのだが、壁に小さな窓が穴ぼこのようにいくつか開いていて、そこから水戸の街をのぞき見る仕掛けになっている。すっきり全部見せてくれないのは制作者の意図なのだそうだ。
 タワーに案内してくれた受付のお姉さんに、長年の念願叶って山形からようやく見に来たんですよと話すと、「特別ですよ!」と通常は一枚だけのタワー入場記念絵はがきを三枚もくださった。ありがとう、お姉さん!

茨城県庁
茨城県庁。展望台からの眺めはちょっとしたもの

 茨城県庁は市近郊の再開発地区のようなところに建っている。できて間もないようで新しい。入り口ホールは開放的で、ガラス越しの中庭には水を配した庭園が設けてある。全25階建てで、中階層の吹き抜けの底には喫茶店がある。最上階は展望台で、こちらはシンボルタワーと違って全面ガラス張り、水戸市内を一望に見渡せる。喫茶店や展望台ではくつろいでいる来庁者の姿も多い。
 県庁食堂「カフェテリアひばり」は名前のとおり、カフェテリア式の食堂だ。ここでロールキャベツとオニオンスープの昼食にした。

 国道6号線で水戸を後にする。渋滞がちな道路や、利根川の対岸にビルや工場が広がる光景は、首都圏であることをつくづく感じさせるものだった。東京に近づくにつれあたりは賑やかになり、やがて日本橋に到着した。
 日本橋は日本屈指の幹線道路、国道1号線こと東海道の起点として特に知られているが、それ以外にも荒井が走ってきた国道6号線こと水戸街道、国道4号線奥州街道など、主要街道の起点にもなっている。明治期には日本の全国道の起点でさえあった。今でも片隅には日本道路原標が設置され、起点であることを主張している。
 実は道路原標を見たのは初めてではないのだが、DJEBELでやってきたのは今回が初めてだ。日本一周では必ず寄ろうと思っていた場所だけに「まだこさ来たんだ!」と感慨も深い。

日本道路原標 周りの様子
日本道路原標とその周囲。日本橋の三越本店の近くにある。日本の全ての道はここから始まっていた

 気が付けば夕方だった。しかも宿も決まってない。都会だったら宿の一つぐらいすぐに見つかるだろうとたかをくくっていたが、これが大間違いだった。探せどなかなか見つからず、見つかってもすでに予約で満杯だったり、駐車場がなかったりといった具合なのだ。
 首都圏において、宿と駐車場の問題は旅人にとっても切実だ。旅に出る前、関東では単車盗難が多いという噂を仕入れていた。そんなところに路上駐車をしたまま宿に泊まっても安眠はできない。かといって都会は夜でも人が多いため、野宿は非常に危険なのだ。
 宿を求めて日本橋から池袋、飯田橋あたりをぐるぐると走り回る。まるきり土地勘がないため、車の流れに巻き込まれるまま、なすすべもなく漂流し続けた。都会をたった一人走り回るときの不安というものは、不思議なことに、何にもない野山を走るとき以上に心細い。都会の方が賑やかであるにもかかわらず。しかもあたりはもう暗いのだ。
 東京は車も多いが単車も多い。渋滞がちな都会では、小回りのきく単車が便利なことはすぐにわかる。特に四輪車が信号待ちで止まっていると、停止線の前には大型車から原付スクーターまで、すり抜けてきた単車が数台単位でずらずらと並ぶことになる。壮観だが、四輪車にとってはいい迷惑だろうにと、単車乗りの荒井、説得力のない同情を示すのだった。

 何とか新宿まで出たところで都心を離れた。夜に浮かぶ都庁を眺めつつ、青梅街道を西に走る。青梅街道は西東京、武蔵野や多摩地区に向かう道だから車の流れも早いかと思いきや、都心よりも悪かった。脇を見れば自転車が荒井のDJEBELをいとも易々と追い抜いていった。
 そんなこんなで青梅市にたどりついたが、やはりここでも宿は見つからなかった。とりあえず、店が開いているうちにゆうさんへの手みやげとしてワインを仕入れ、腹をくくって野宿場所を探し回るうち、24時間営業のネットカフェを見つけたので、そこに朝まで籠もることにした。
 ネットカフェは9月も中旬を過ぎたというのに、冷房の効きすぎで寒かった。

あこがれの聴診器

 六時過ぎにネットカフェを出て、時間つぶしに青梅市を少し走り回ってから、ゆうさん宅に向かった。ゆうさんは変則的な勤務で多忙であるにもかかわらず、珍しく連休がとれたというのでオフ会を企画したらしい。家を訪ねてみると、ゆうさんはプレステ2の「ファイナルファンタジーXI」(注1)で遊んでいるところだった。
 そのうちオフ会参加者の一人、この前一緒に夏コミに行った関西のたかさんもやってきた。三人してだべっているうち午後の一時になったので隣町に繰り出す。青梅街道沿いのボウリング場やらバッティングセンターを回った後、回転寿司で軽く昼食にした。
 東京都も奥多摩に近い青梅市のあたりは相当に鄙びている。遠くには青い山並みが見えるし、通りを一本外れれば草むらも目立つ。バッティングセンターは建物の最上階にあったのだが、そこから見渡すと下の方には雑木林が延々と広がっていた。

 夕方近くになり、新宿に飲みに行くこととなった。電車で都心に向かったのだが、その際ゆうさんたかさんお二方にお願いして、上野駅に寄り道した。
 荒井が行きたかったのは上野駅構内にある科学教材専門店「ザ・スタディルーム」で、目当てはそこで売っている「聴診器」だ。この荒井、科学グッズが結構好きで、前々から「手に入れられるんなら、ぜひともゲットしだいアイテムだよな!」と、一つ聴診器を探していたのだが、たまたまこの店で売っていることを知ったのだ。もっとも、手にしたところで使うあてなど全くないのだけど。
 聴診器は一つ2500円。聴診器では最も安い部類に入るらしいが、実際に医療の現場で使われているものと同じだそうだ。支払いを済ませ「ついに自分も聴診器持ぢさなったな!」と、晴れて聴診器を手に入れ喜々とする荒井を見て思うところあったのか、たかさんは「女の子相手に変なことでもするんですか?」と言っていた。ちがわい。

ダブルスコープ式聴診器
問題の聴診器。野遊びにも使えたりする。変な遊びのために買ったわけではないので念のため

 それから新宿に出て、残る参加者MELDさんと合流し、手近な居酒屋「魚民」で飲み会となった。MELDさんは「FalcomStation」オフ会には何度も参加しており、「宴会部長」の称号を授かってしまったほどの飲み会好きだ。先月の夏コミオフ会に参加できなかったこともあり、「いや〜、みんなで飲むのも久しぶりですよ!」と大喜びしていた。MELDさん、好きなアーティストが中島みゆきと久保田早紀(注2)、「ガングリフォン」と「鉄騎」(注3)が心のゲームという渋い趣味の好漢なのだが、なぜか見た目も渋すぎで、実は荒井よりずっと若いというのは内緒である。
 やがて仕事の都合が付いたというので、夏コミオフ会にも参加したアルさんがやってきた。午後九時過ぎに店を出て、近場のボウリング場でまた何ゲームかした後、居酒屋「甚八」で二次会である。そんなこんなで十一時半まで飲み食いしたところでおひらきとし、電車でゆうさん在住の多摩地区に戻った。この日はゆうさんの厚意で、たかさんともどもゆうさん宅に泊まることとなった。

 ところで、東京も新宿のあたりは盛り場で、夜遅くまで開いている店も多ければ、若者の姿もこれでもかというほど多い。荒井はこれまで地方の都市もあれこれ巡ってきているのだが、多くはどこか寂れており、街には中年や年配の方が多かった。若い人といえば小中高生ぐらいのものだ。「都会の繁栄は、地方の活力ば吸い取ってんながもしらんなぁ。」と思ってみたりする。


脚註

注1・「ファイナルファンタジーXI」:スクウェアエニックスのネットRPG。

注2・「久保田早紀」:くぼたさき。歌手。代表作「異邦人」(1979年)。有名なのがこれ一曲なので世間的には一発屋とされているようだが、実際はアルバムも数枚リリースしている実力派。現在でも久米小百合の本名でゴスペルシンガーとして、草の根の活動を続けているそうな。

注3・「ガングリフォン」「鉄騎」:どちらも二足歩行式戦車を操り戦場を駆け抜けるという、玄人好みのアクションゲーム。「ガングリフォン」はゲームアーツ、「鉄騎」はカプコンの作品。


荒井の耳打ち

ネットカフェ

 都市部などで夜を明かすときには、24時間営業のネットカフェもよく利用しました。大きなネットカフェには夜間割引がありますので、それを利用すれば1500円程度の料金で一晩過ごすことができます。荒井は旅の途中でも度々ネットを利用してましたので、そういう意味では利用価値がありました。飲み物飲み放題もうれしいところです。
 ただし、冷房のきつい店が多い上、基本的に寝るための場所ではありませんので、まず安眠はできません。しかも夜間割引は深夜から適用される場合が多いので、遅く入店しなければならないといった短所があります。

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