鎌倉でエクスカリバーを手にする

城ヶ島ユースホステル居室
城ヶ島ユースホステルの居室。一人なのをいいことに合羽の虫干し中。写真は翌年撮ったもの。

 さっそく出発といきたかったが、その前にやっておかなければならないことがあった。DJEBELのチェーン調整だ。昨日横浜から横須賀へ向かう途中、信号待ちで停まっているとスクーターに乗った地元のお兄さんが近づいてきて「チェーンを調整した方がいいですよ! 聞いてるとさっきからすごい音立ててますから!」と助言してくれたのだ。
 単車は多くの場合、ドライブチェーンを使って後輪を回している(注1)。鉄製とはいえ、エンジンを使ってさんざんぶん回すものだから、そのうちだんだん伸びてくる。伸びてくると外れやすくなったり、スプロケット(注2)の摩耗を早めたりと、何かとよろしくない。そこでチェーンの長さに応じて後輪の位置を調整してやるのだ。調整そのものは難しい作業ではないのだが、コツがいる。

 ユースの駐車場で手を真っ黒にしながらチェーン調整をしていると、ペアレントさんがやってきて、いろいろ話をしてくれた。
 ペアレントさんもかつては相当な旅人だったそうだ。30年前、ユースホステルが全盛の頃に長い旅をして、結局このユースに職を得た。
 ユースのペアレントも忙しいときは忙しいが、暇になると途端に暇になり、一週間は平気で休みが取れるそうだ。彼曰く、ペアレントはいわゆる「普通の職」ではない。いまだに旅にかかわる仕事に就いているわけだ。「旅人が社会復帰するのは並大抵の事じゃないよ〜」と冗談交じりに仰っていたが、半分は彼の実体験でもあるせいか、妙に説得力がある。

 軽く城ヶ島を廻った後で再び橋を渡り、三浦半島に戻った。中心街を外れ、昨日走りそびれた半島南東部を廻ってみた。あたりは台地で、そこかしこに畑が目立つ。名物三浦大根でも作っているのだろうか。それから京急の終点、三崎口駅前を通り葉山を素通りして鎌倉市に行った。
 鎌倉の入り口、由比ヶ浜にはウェットスーツを着たサーファーもいたりする。洒落た店も多い。一方で鎌倉幕府以来の歴史ある街並みが残っているのだが、この二つが喧嘩せずに同居しているのが面白い。
 鎌倉といえば八幡宮と大仏が有名だが、そんなものには目もくれず、その筋の人には有名なみやげ屋「山海堂」へと向かった。

 山海堂は鎌倉大仏の隣にある。着いたのはちょうど昼だった。腹ごしらえに向かいのそば屋「梅の木」で天丼を食べて、「鳩サブレの試食でもしてねべが。」とその隣にある豊島屋を物色してから、いよいよ山海堂へと向かった。
 山海堂は好事家には「RPGに出てくるような武器屋」として知られている。店内にはコンピューターゲームに出てきそうな剣や盾、手裏剣や棍棒といった武器が所狭しと並んでいる。店内を見回していると、この武器を品揃えしているご本人こと店長さんが出てきたので話を伺うことができた。気さくな好人物で、見ず知らずの荒井の質問にも丁寧に答えてくださった。

 「特に宣伝してるわけでもないんですけど、『鎌倉に武器屋があるらしいぞ』って口コミやマニア系の雑誌で広まっていったようでしてね。北海道や九州からお客さんがみえることもあるんですよ。」

 山海堂は本来鎌倉みやげを扱う店で、実際鎌倉彫や大仏のミニチュアなど品揃えしているのだが、店長さんの趣味が高じて武器を店頭に並べてみたところ好評だったので、いつの間にやら数が増え、「鎌倉に武器屋あり」とまで言われる店になった。利用客は武器マニアはもちろん、多少なりとも武器が好きな人が多い。漫画家が資料として買っていくこともあるそうだ。中には雑誌の編集者が取材の名目で社費を使ってやってきて、自分用にお目当ての武器を買ってかれた方もいたとか。面白いところではゴルフコンペの賞品用に武器を買っていったら大好評で、また買いに来た方もいるそうだ。ワールドカップ開催時には、なぜかメキシコ人もやってきて、武器を買い求めていったという。トルネコ(注3)も真っ青だ。
 もちろん武器といっても、斬ったり突いたりできる業物を売っているわけではない。その正体は装飾用の模造品だ。壁に掛けたりして、愛でて楽しむためのものである。ほとんどは海外から輸入しているのだが、日本に持ち込む際あれこれやかましい基準があるようで、品揃えに苦労されているようだった。

 「装飾用でも、素材によっては改造して武器にできるものもあるんですよ。そうしたものは輸入禁止です。長すぎるものもダメ。お店にあるのはかろうじて輸入できた1%未満(!)なんですよ。もっとも、改造するにしても相当な手間がかかるから、まず無理なことなんですけど、役所仕事的な処置で輸入はダメと言われるので、毎度仕入れには苦労してます。」

 店長さんにお願いして、一番人気の聖剣エクスカリバーを見せていただいた。山海堂で1年に1000人以上の勇者を生み出すまさに伝説の剣だ(注4)。抜刀すると「シャキーン!」とかっこいい音がするのが人気の理由だ。ちなみに一本1万8000円。荒井もお試し品を手にして「シャキーン!」という抜刀音を堪能したが、店長さんによればお試し品は5、6万回は抜いてるから、新品よりも音が鈍くなっているらしい。
 荒井も勇者の仲間入りを果たしたかったが、さすがに全長1メートル以上もある剣は荷物になってしまうので、かわりにミニチュアエクスカリバーを買った。こちらは全長30センチにも満たない小型サイズで、切れのいい抜刀音こそないが、ペーパーナイフとして使える実用品だ。最近はこのミニチュアサイズの剣も、カスタムドール(注5)用の小道具として売れているらしい。値段も10分の1の1800円とお手頃だ。
 この小型エクスカリバー、革製の鞘付きなのだが、仕入れたままの状態では鞘がきつすぎて収まりが悪いので、あらかじめ数十回抜き差しして、入れやすくしてから店に並べているというから頭が下がる。小物一つとっても、店長さんの心意気が伝わってくるではないか。

 全然興味のない人は見向きもしないが、やはり多かれ少なかれ、男はこういうものが好きである。店に来る男性客のほとんどは、山のような武器を目の前に面白がっている。脇を見れば、修学旅行で訪れた生徒さんたちが目を爛々と輝かせて「この武器全部欲しい!」と、ショーケース内の武器に見入っていた。

ミニチュアエクスカリバー
そのとき買った小型エクスカリバー。なぜかスペイン製。左下にあるのは百円玉。

 鎌倉市から茅ヶ崎市付近までは、広く明るい道路が続いている。このあたりがいわゆる湘南海岸、サザンオールスターズの歌によく出てくる場所だ。これまでテレビでしか見たことのなかった江ノ島の現物が目の前にある。道ばたには横文字の看板を掲げた食堂など並んでいる。江ノ島を過ぎると防砂林や柵で砂浜は見えなくなったが、スクーターにサーフボードをくくりつけて走っているサーファーが何人もいるあたり、ここはいかにも世にも有名な湘南海岸なんだなと思った。

 国道135号線は、小田原の東海道本線ガード手前から、南に向かって伸びている。ここが伊豆半島への入り口だ。伊豆半島基部の東側は箱根の裾野にあたり、国道は海に臨む急斜面の中腹を通っている。地図を見れば鉄道も同様で、天下の険を迂回するかのようにこの崖を通過していた。崖の下には有料の真鶴道路も併走している。国道とは高低差こそあるものの、どちらも海からそう離れていなかった。

 温泉で有名な熱海市は、湯河原町から県境を越えたすぐ隣にある。温泉街はそんな急斜面にへばりつくようにして、麓の砂浜近くまで広がっていた。市役所も郵便局もコンビニも坂にへばりついている。街の道路はみんな坂道で、気を緩めるとすぐに転がり落ちてしまいそうだ。駐車場はどこも猫の額で、DJEBELを停めるのも難しかった。
 熱海まで来たのだから今日は温泉宿にでも泊まろうと、駅前の宿泊案内所に行ってみると「一人旅なら大きなところよりも、小さい宿に飛び込みで行った方が早いよ。」と助言をいただいた。駅からそう遠くない場所の小さな旅館「三景荘」に飛び込むと、そのとおりすんなり部屋が取れた。積まれたまま整理されていない本や新聞、ロビーの片隅に起きっぱなしになった雑貨など、温泉旅館というよりは駅前旅館の雰囲気である(実際駅前旅館なのだが)。料金は素泊まりで5900円。素泊まり料金としては高いが、こんなもんだろうと自分を納得させるのだった。

 夕食を食べようと近所を歩いてみると「ふくや」という料亭が見つかった。玄関が立派な作りだったので、貧乏旅人が入っていいものかと躊躇したが、一見さんお断りというわけでもなさそうだったので思い切ってのれんをくぐってみると、店の方の応対は至って丁寧なものだった。来客は二階の座敷に通される。ここで食事をするという寸法だ。
 ここでも奮発して、名物のもち豚しゃぶ定食を注文した。トウモロコシを主体に育てられた豚肉を使ったしゃぶしゃぶで、癖や臭みがない味と柔らかい食感が売りだ。
 座敷を見回してみると、建物の造作が料亭ではないことに気が付いた。さっき見た立派な玄関や、座敷の区切り方など、どう見ても旅館のそれである。帰り際店の方に訊ねてみると「以前は旅館だったんですけど、今は改装して料亭として営業しているんですよ。」と教えてくれた。

 有名な「貫一お宮の松」の見物ついで、麓の砂浜まで行ってみた。季節になればそれなりに賑わうのだろうが、閑散期だったせいかあたりには誰もおらず、波が打ち寄せるだけだった。砂浜のすぐそばには団体客向けの大きな温泉ホテルも何軒か建っていたが、暇なようでフロント係も手持ち無沙汰ぎみだった。
 坂を上り「三景荘」に戻る。「すいませんが、お風呂は小浴場を利用してください。自分で蛇口をひねって、浴槽にお湯を入れてから入ってくださいな。」と宿の主が言っていたので、そのとおりにして風呂に入った。小浴場はタイル貼りの人一人が入れるぐらいの小さなものだったが、お湯はれっきとした温泉だ。一風変わった熱海温泉泊まりとなった。

 どうやら今日の泊まり客は荒井だけらしい。利用客がほとんどいない状態で大浴場を開けていては採算が合わないのだろう。風呂から上がった後、ロビーの椅子に座って熱海の夜景を眺めつつ、宿の主の老人と少々話をした。
 利用客の少なさは何もここに限ったことではなかった。繁盛期こそ多くの客が訪れるものの、昨今の不況で熱海は苦戦していた。窓の向こうに見える岬には、大きな温泉宿の明かりがいくつも見えるが、いったいどれだけの部屋が埋まっているんだろう。訊ねてみると、主は「あまり埋まってないでしょうね。」と寂しげに仰った。麓にはつぶれて明かりの消えた大きな温泉ホテルもいくつかある。近年は旅行客の傾向が男性客から女性客へ、団体から個人へ、歓楽街を備えた温泉から鄙びた情緒ある温泉へと移っているため、その点でも熱海は苦戦を強いられているらしい。
 熱海の街は鄙びているというより寂れていた。どこか寂しげな熱海の夜景がやけに印象に残った。


脚註

注1・「後輪を回している」:車種によってはチェーンを使わず、シャフトを使って回しているものもある。

注2・「スプロケット」:単車の駆動部品。チェーンが噛み合っている歯車のこと。エンジン側と車輪側に一つずつある。

注3・「トルネコ」:RPG「ドラゴンクエストIV」に登場する武器商人。その後「不思議のダンジョン」の主人公にもなっている。

注4・「伝説の剣」:エクスカリバーとはもともと「アーサー王と円卓の騎士」の登場人物、アーサー王の愛剣。

注5・「カスタムドール」:自分で髪型や服装などを変えられる人形のこと。「リカちゃん」に代表される既製品の着せ替え人形と違うのは、基本的に「素体」(土台となる人形)を元に、自分で作っていかなければならない点。その代わり、髪型や服装はもちろん表情や顔つき、体格に至るまで、自分の好みで細かな作り込みが利く。

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