買い物遠征2

名古屋ユースホステル入り口
名古屋ユースホステル。東山動植物園のすぐとなり。

 名古屋には大須という商店街がある。電気街があることでも有名だ。今日も名古屋ユースに泊まるので、この日は荷物を置いたまま、歩いて大須に行くことにした。目的はもちろん、秋葉原同様レトロゲーム漁りだ。
 朝八時にユースを出発し、東山通りを西に歩き出す。通勤通学時刻なのか、道を行く車や自転車が多い。下り勾配の道を1時間かけて5キロほど歩くと、名古屋市中心部の繁華街、栄(さかえ)に着く。食料品店「明治屋」を冷やかしてから、大須のある南に向かった。
 左手に白川公園が見えてきた。公園はホームレスのたまり場で、工事用のブルーシートでこさえたテントが並んでいる。どこから拾ってきたのか、テントの周りにはマネキンの首がいくつも並んでいる。通称「マネキン村」。この不況でマネキン村の住民も大変なようで、村の入り口には、仕事をまわしてくれだの、古着譲り受けますだのいった告知文が貼られてあった。公園では浮浪者が所在なさげに座っていたり、ベンチで死んだように眠っていたりした。

 十一時前に大須に着く。このあたりは十一時開店の店が多いようで、もう開いている店もあれば、まだ開いてない店もあった。
 大須の商店街は、大須観音や万松寺といった古刹を中心とする一帯で、その歴史は江戸時代までさかのぼる。どこか懐かしい感じのするアーケード街には、服屋、宝石屋、食堂はもちろんのこと、おもちゃ屋や、マニア御用達の店などが押し込まれるように軒を連ね、ないものはない、何でもあるぞと豪語しているようだ。その昔、香具師が露店を開いていた頃からこんな感じだったのだろう。今でも名古屋随一の盛り場であるようで、行き交う人も数多い。
 昼が近くなってきた。昨日食べたみそカツの味が忘れられず、近場のトンカツ専門店「矢場とん」で昼食にした。この「矢場とん」、みそカツの名店として名古屋でも有名な店らしい。串カツ定食を食べたのだが、さすが名店、非常に美味だった。

 腹ごしらえも済んで、電気街を見て歩く。大須の電気街は秋葉原を5分の1にしたような規模である。しかし濃さは負けておらず、秋葉原同様の電気屋や同人誌屋がしっかり店を構えている。
 メイド喫茶まであった。メイド喫茶とは秋葉原発祥のコスプレ喫茶店だ。「メイド服」ことエプロンドレス姿の女の子が、甲斐甲斐しく給仕してくれる喫茶店で、その筋のマニアに大人気を誇っているが、最近大須にも登場したらしい。遠巻きに観察してみると、話題作りに訪ねたんだろうか、いかにもマニアといった一生メイドさんとは縁のなさそうな男どもが、楽しそうに茶なぞ飲んでいた。
 もちろんレトロゲーム屋もある。何軒か廻ってみて、探していたゲームソフトを2本ばかり手にすることができた。同じレトロゲームを扱っている店でも、秋葉原で安かったものが高くなっていたり、その逆だったりと、秋葉原と大須とでは相場がちょっと違っていた。

 お目当てのソフトも見つかったところで、東山動物園を見物することにした。地下鉄を乗り継ぎ、閉園の1時間ほど前に着く。平日だったせいか、客はまばらだった。
 まずは象を見に行った。象はずいぶん活発で、飼育室狭しと動き回っては、思い出したように排泄する。象だから糞も尿もおびただしい。「さすが象だけのごどはあんな。」と変な感心をする。象舎は牛舎のような臭いが漂っていて、見物に来ていた女の子二人連れは「すごい臭いだね!」と鼻をつまんでいた。
 「象のいない動物園」(注1)では、東山動物園の象は「猛獣ではないから」と主張して毒殺を逃れたはずなのだが、実際のところ、象は猛獣として飼育されているそうだ。誤って人間が踏みつぶされる恐れもあれば、暴れ出す可能性もなきにしもあらず、ということらしい。それだけ慎重に飼育にあたっているということなのだろう。
 コアラ舎には動物園の目玉、オーストラリアからやってきたコアラが8匹いるが、皆ユーカリの木の上でぐったりとしていた。コアラは夜行性である上、一日の大半を寝て過ごしている。見に来ていた男女は「少しは愛想を振りまいてもいいのに。」だの「コアラ舎はいつ来てもそう面白くはないんだよな。」と口にしていた。
 コアラの餌であるユーカリの葉は毒を含んでいる。コアラが四六時中寝ているのはその毒を中和するためであるらしい。一見可愛いコアラだが、その生活とは、酔っぱらいがうんうん呻きながら酔い覚ましをしているようなものかもしれない。
 その後、虎やチンパンジー、フラミンゴなど見物し、ライオン舎の前に来たところで、3頭いるライオンが一斉に吠えだした。とんでもない大音量で、ものすごくうるさい。おそらくライオン語で何かしゃべっていたのだろうが、残念ながら意味は全くわからなかった。
 多くの動物はおねむの時間だったのか、飼育棟にすっこんでいた。動物というものは、人間様に都合よく動いてはくれない。
 動物園とは、人間が動物を見に来るところではなく、ヒトが動物に見られに来るところなのかもしれない。動物は意外とよくこちらを見ている。「変な奴だな。」とか「ジロジロ見てやがるなぁ。」程度のことは思っているに違いない。さっきのライオンも、「みんなでちょっとからかってやろうかい。」とかやってたんだろうか。

 そろそろ閉園時刻が迫ってきた。動物園を出て、ついでだからと隣の東山スカイタワーに登り、近場の「なか卯」で柚子つけうどんとミニ牛丼セットの夕食にして、早めにユースに引っ込んだ。


脚註

注1・「象のいない動物園」:戦時中にあった実話を元にした童話。空襲が激しくなった頃、爆撃で猛獣が街に逃げ出すことを懸念した軍部は、各地の動物園に猛獣の毒殺命令を出した。その中で死んでいった上野動物園の象を巡る悲しい物語。教科書の題材や戯曲、アニメにもなった。

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