潮岬だ!

伊勢で事故る

 鈴鹿市と三重県の県庁所在地、津市はそう離れていないので、県庁食堂が開くすいぶん前に着いてしまう。時間つぶしにいったん津市を通り過ぎて、伊勢市に行くことにした。伊勢神宮でも参拝してから再び津市に戻ってくれば、ちょうど昼になっているだろう。
 「サンクス」で白身魚ロールパンとオレンジジュースの朝食にして、国道23号線を走る。街並みや競艇場を脇目に、予定通り津市を通過した。交通量は多いが車の流れは速い。沿線には牛肉の看板が目立ち始めた。松阪牛の産地、松坂市にさしかかったようだ。「高ぇがらなぁ。食うごどはねぇべなぁ。」と看板を脇目に先を急ぐ。とっとと伊勢に行って戻ってくるつもりだったので、DJEBELも飛ばし気味だ。
 ところがそうは問屋が卸さなかった。急ぐあまり、前の車が急に速度を落としていたのに気づかなかったのだ。目の前に配送車のコンテナが迫っている。あわてて急ブレーキをかけたが間に合わず、ドシンと鈍い衝撃とともに荒井は一回転してすっ転び、路肩に投げ出されてしまった。

 事故ってしまったらしい。「こごで終わりが?」と頭が真っ白になった。まだ半分も廻っていないのに、しかもよりによって交通事故で日本一周失敗。かっこわるいことこの上ない。

 追突したトラックが路肩に止まり、運転手が荒井の方にやってきて「大丈夫ですか?」と声をかけてきた。さいわい、先方にケガはない様子だ。ザックが衝撃を和らげてくれたようで、派手に転んだ割に荒井もケガはしていない。
 双方の無事を確認したところで、とりあえず警察を呼ぶ。DJEBELに積んでいる保険証書を取り出し、保険会社にも連絡を入れた。皮肉にも携帯電話を持っていたおかげで連絡はずいぶんはかどった。
 改めてあたりを見回すと、大型車が路肩から大きくはみ出して停車していた。脇には仲間を心配げに見守る自転車乗りの一団がいる。だいたいの事情はわかった。荒井の事故は二次事故だ。まずこの大型車が自転車と事故を起こし路肩に停車していた。他の車両はこの大型車を回避するため、直前で速度を落としていたのだが、気づくのが遅れた荒井は減速し損ねて追突したというわけだ。
 先方は大手の肉屋の営業さんで、配達の途中だった。そういえばスーパーに勤めていたとき、出入りの業者さんはこんな車に乗っていた。配送車に大きな損傷はなかったがそのかわり、後方のウィンカーがぐんにゃり曲がっていた。荒井のDJEBELは擦り傷ぐらいで、走るのに問題はなさそうだ。思ったより被害が少ないことにまずはほっとする。日本一周失敗という最悪の事態は避けられそうだ。

 とはいうものの厄介なことになった。この旅先で事故処理までしなければならない。先方の車両の修理にどれくらいかかるかも心配だ。そして何より、肉屋の営業さんが忙しい職業であることは前職の経験で知っている。営業さんばかりか、会社や配達先の方々にも大きな迷惑をかけてしまう。心配やら情けないやら申し訳ないやらでこちらは恐縮しっぱなしだった。
 そういやこないだ熱田神宮で災難除けの御守りを買ったばかりだった。「やっぱり、少し運がよくなったような『気がする』だげだなが?」と、その御利益に早くも半信半疑である。

Amulet of ATSUTA
「熱田神宮のお守り」。三つ首ドラゴンのいる洞窟にあるわけではない。

 ようやく警察がやってきた。事情を話し、一通りの調べがつくまでそう時間はかからなかった。営業さんは仕事に戻り、荒井は「旅先で事故に遭うと大変だね。気をつけて旅を続けてくださいよ。」と注意を受けた。
 後は全て保険会社にお任せすることにして、一段落付いたのは十一時のことだった。事故を起こしたというだけで気は重いが、こんな時は気を取り直すに限る。伊勢神宮は後にして、三重県庁に行くため津市に引き返した。昼飯でも食えば気分も落ち着くだろう。

三重県庁
丘の上に建つ三重県庁。

 三重県庁は津市中心部の小高い丘の上に建っている。庁舎は山梨同様耐震工事の最中で、地下に地震対策の部品を埋め込んでいるところだったが、食堂は営業していた。ここで食べたのは他人丼、鶏肉の替わりに豚肉を使った親子丼だ。
 他人丼は東北や関東ではあまり見かけないが、関西ではよく見かける。関西発祥のようで、名前も豚は卵を産まないから他人丼、という関西流の洒落らしい。大阪では豚肉でなく牛肉を使うことも多いそうだ。三重で豚肉の他人丼が出てきたということは、三重はまだ東海に近いということなのだろう。
 他人丼のおかげで大分落ち着いた。三重県庁を後にして、改めて伊勢市に向かう。今度は気をつけながらの道中だ。松坂市で先ほど事故った場所はきれいに片づいて、大型車も事故車の破片も見あたらなかった。そして今度こそようやく、伊勢神宮のある伊勢市に到着した。

 伊勢神宮は皇祖神、天照大神(あまてらすおおみかみ)を祀る日本随一の神社だ。伊勢国一の宮が伊勢神宮でなく椿大神社なのは、伊勢神宮の社格があまりに偉大すぎて、一国の一の宮に収まりきらない、ということのようだ。賀曽利隆さんはその著書で「伊勢神宮は日本の一の宮」と書いていた。
 神宮は大きく内宮(ないくう)と外宮(げくう)に別れている。天照大神を祀るのが内宮で、その食事の仕度をするという豊受大御神(とようけおおみかみ)を祀るのが外宮だ。
 まず外宮に行ってみた。駐車場には大型の観光バスが何台か停まっていたが、参拝客は思ったより少ない。社殿はこれまでの神社では見たことのない作りだ。神明造りと呼ばれる小さめの社殿の前に白い垂れ幕付の門があって、参拝客は門のところから賽銭を投げ込み、布越しに神明造りの社殿に向かって手を合わせるようになっている。

伊勢神宮外宮 内宮の五十鈴川
伊勢の外宮と内宮の五十鈴川。神宮とは外宮と内宮を中心とする社殿群の総称である。

 参拝は外宮から内宮に向かうのが正式なようだ。外宮にお参りしてから、6キロほど離れた内宮に行った。
 うってかわって内宮は平日だというのに人が多かった。伊勢神宮の中心は飽くまで内宮なのだ。老若男女、中には金髪の外国人や、「こいづ、信心あんなべが?」と思ってしまうような若者の姿も目立つ。
 五十鈴川に架かる橋を渡り鳥居をくぐる。たもとに護衛官が陣取っているあたり、明らかに他の神社とは違っている。白砂の敷かれた参道を歩くと、五十鈴川の岸辺に降りられる場所があった。昔は手水がわり、ここで手をすすいでから参拝したのだそうだ。
 岸辺を過ぎると、参道は神宮の森に入る。巨木が多く昼なお暗い。授与所を左手にさらに進むと、ひときわ立派な石段が現れる。ここを登り切ればいよいよ、天照大神のおわす社殿だ。入り口からここまで五分ほどかかる広い境内だ。
 社殿の造りは外宮同様だ。参拝客は後を絶たず、常に何人かが門の前に並んでは手を合わせていた。荒井はさっきの出来事が出来事なだけに「事故は勘弁してください。」とお参りしておいた。
 ちなみに社殿の写真撮影は禁止で、さっき登ってきた立派な石段の前で記念撮影をする参拝客が多かった。門の前にも護衛官がいて、社殿の警護にあたっている。

赤福一盆 伊勢うどん
伊勢名物赤福と伊勢うどん。昔も今も伊勢の名物。

 門前街は神宮以上の賑わいだった。みやげ屋はもちろん、名物を食べさせる食堂や、簡単につまめるソフトクリームやさつま揚げなどを売る店が何十件も軒を連ねている。あちこちから売り子の声が盛んに聞こえてきた。
 ここで立て続けに「赤福」と伊勢うどんを食べた。「赤福」は伊勢名物で、こしあんで餅をくるんだ生菓子だ。どこのみやげ屋でも、折り詰めに入ったおみやげ用セットが平積みになって売られている。大好評のようで、両手に折り詰めのたくさん入った袋をぶら下げた人も多い。その場で食べたいなら、門前街随所にある赤福の茶店に行けばいい。一盆3個にお茶付きで食べられる。さらりと溶けるような甘さと舌触りが身上だ。
 伊勢うどんも伊勢名物で、汁でなく甘じょっぱいタレで食べる。薬味はワケギと削り節。柔らかめでふにゃふにゃした麺を使うのが特徴だ。腰がないのでタレとよく絡む。こちらもみやげ屋ではお持ち帰りセットが売られていて、家庭で伊勢の味を楽しむこともできる。
 江戸時代のお伊勢参りといえば、人生最大規模の一大事だった。門前街巡りはその大きな楽しみだったという。あの人出や若者の姿も納得だ。荒井は三十歳前にしてお伊勢参りに来たわけだ。「よく考えっと、自分は今、ものすごいごどばやってんだよな。」とふと思う。

 とどめに豆腐ソフトクリームを食べてから伊勢市を離れた。ミキモトパールで有名な鳥羽市を横断する。リアス式海岸の志摩半島を廻っていきたかったが、今日中に伊雑宮(いざわのみや)に行きたかったので今回は見送った。
 その伊雑宮とは志摩国の一の宮だ。今でこそ三重県の一地方だが、かつて志摩半島は志摩という一つの国だったのだ。伊雑宮は伊勢神宮の別宮なので、社殿も伊勢神宮と同じ造りになっている。護衛官まで常駐しているが、参拝客は荒井の他にいなかった。
 神社の前には立派な田んぼがある。神社が領する神田で、毎年盛大に御田植式が開かれるそうだ。とはいえ今は11月なので、田んぼはすっかり刈り取られ、来年の出番を待っている最中だった。

伊雑宮
志摩国一の宮で伊勢の別宮でもある伊雑宮。緑の中に静かにたたずむ。

 南勢町(現南伊勢町)で国道260号線に合流し、寝られそうな場所を探しつつ道なりに走る。日はとっぷりと暮れていた。国道260号線はかつては砂利道だったとか。そんなことが素直にうなづけるほど道は狭くて入り組んでいる。余計に道のりが遠い。
 紀伊長島町(現紀北町)で国道42号線に合流すると、道の駅「紀伊長島マンボウ」がまだ開いているのを見つけた。売店で「めはりずし」を買い夕食がわりにつまむ。細長いパックに、高菜漬けにくるまれたにぎり寿司大のおにぎりが五つほど並んでいた。めはりずしは紀州名物だ。いつの間にか、志摩から紀伊国に入っていたらしい。
 日暮れて道遠し。温泉にでも入って景気づけしようと、町内の「鹿の湯温泉」に寄ってみるが、運悪く休業日だった。結局近所の「シーサイドホテル望月」の立ち寄り湯に入った。風呂から上がり休憩室のテレビを見てみると、まだ七時だった。
 隣の海山町(現南伊勢町)に入ったところで、この日は切り上げることにした。地図によれば町内にキャンプ場があるらしい。町内の道の駅海山に寄ってみると、休憩中のおじさんがキャンプ場の場所を教えてくれた。そのとおり走ってみると、キャンプ場のはるか手前に「種まき権兵衛の里」という公園があった。野宿するのにちょうどよさそうだったので、キャンプ場ではなくここに泊まることにした。人気がないことを確かめ、なるべく目立たないところにこっそりテントを張る。

 この日は早々に事故って何かと気が滅入ったが、寝る頃にはいつも通りだった。旅を続けるうち、ふさいだ気分もどこかに行ってしまったようだ。
 ところで、事故の被害はこれだけではなかった。このときはまだ気づいていなかったが、箱根で買った寄せ木細工の茶さじが割れていたのだ。


荒井の耳打ち

保険には入っておけ

 単車にも四輪車同様、強制加入の自賠責保険と任意加入の任意保険の二つがあります。単車の場合、自損事故に遭う方が多いせいか、任意保険に加入しない方も多いようですが、特に長旅をしようというのなら、任意保険に加入しておくことを強くお勧めしておきます。荒井のように無職の旅人が事故を起こした場合、保険なしで賠償しようとするならば、その手間と出費は手痛いものとなるはずです。事実、荒井は任意保険に加入していたので、事故の示談交渉や出費の面で相当助かりました(ちなみにこの事故での修理費は約7万円。保険料が上がることを考えても安く上がった)。
 単車はれっきとした「二輪自動車」です。単車でも人を轢き殺せることを忘れてはいけません。安全運転に努めるのはもちろん、もしもの時にも備えておくのは、自動車乗りの義務ではないでしょうか。

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