国道1号線走破

スターフォックスと忍者の神社

伏見稲荷大社
伏見稲荷大社。任天堂の守り神?

 東山ユースの朝は早い。六時半に館内放送でたたき起こされた。そして八時半までには引き払わなければならない。
 昨日の雨はあがりすっかり晴れ上がっていたが、12月を目前に、気温は確実に下がっていた。10月に出発したときはジャケット一枚でもしのげたのが、今や長袖の下着を着こんだ上、さらにジャケットと雨合羽を重ねて走るのが当たり前になってしまった。手には美幌町で買ったゴム手袋まではめている。

 滋賀県庁に行くにはまだ早い。京都の見納めに伏見稲荷大社に行った。
 伏見稲荷は日本有数の稲荷神社で、京都市街地南東は稲荷山のふもと、生活感漂う商店街の狭い通りに面して建っている。近所に京セラの高いビルや、かの任天堂の本社があるのが嘘のようである。
 稲荷だけに、門を守っているのは狛犬ではなく狐だった。かつて任天堂がゲーム「スターフォックス」(注1)を作る際、「登場人物は動物で行きましょう。近くの伏見稲荷にちなんで、主人公は狐でどうです?」といった具合に、その元ネタにされたことは、ゲームファンの間では有名である。
 門前街には神具を売る店が多いが、その中にスズメ焼を売る店があった。店先に据え付けたコンロで、板前のお兄さんが穴子やウナギと一緒にスズメを焼いているのだ。
 稲荷とは豊穣神である。板さんは「狐が神の使いになっているのは、稲を食べるスズメを退治してくれるからで、だからスズメも伏見稲荷の名物になってるんですよ。」と教えてくれた。
 一つ食べてみることにした。スズメにも国産と中国産があって、国産の方が高い。その分味がいいそうだが、あいにく品切れだった。足りなくなったらそこいらにいるのを投網かなんかで捕まえれば済みそうなものなのだが、そういうわけにもいかないらしい。「国内では猟期が決まってて、11月から2月までの間しか獲っちゃいけないことになってるんですよ。」
 スズメはきちんと羽をむしられ、身を開かれた上で串が打たれてあり、あとは焼くばかりの状態で冷凍されてある。つぶれた蛙か何かのようで、一見してこれが民家の軒先でチュンチュンいっている鳥には見えない。お兄さんは目の前でタレを塗りながら、手際よくスズメを焼き上げていった。
 いざスズメを食す。くちばし以外は骨ごと食べられるというのでそのままかぶりつく。砂肝の焼き鳥に似ているが、骨が付いている分、骨せんべいのようなパリパリとした食感もある。板さん曰く「一番おいしいんですよ!」との脳みそは、どろりとして独特の風味だった。スズメを喰って、フォックス・マクラウド(注2)の気分になったかどうかは定かでない。
 稲荷寿司といなりうどんも神社の名物だ。どちらも参集殿併設の食堂などで食べられる。いなりうどんとは、いわゆるきつねうどんだ。いなりうどんだけ食べたが、大きな稲荷神社のお膝元で食べると、ただのきつねうどんの味わいも、少し違って感ぜられる。

滋賀県庁
滋賀県庁。撮影時、曇り空が晴れる瞬間を狙ったため、だいぶ天気待ちをした。

 国道1号線で京都を離れた。国道1号線の終点は大阪だが、かつての東海道は京都が終点だった。改めて「東海道ばさかのぼっでぐんだ!」と盛り上がるのと一緒に、寂しさも感じる。今年の旅も終わりが近いのだ。大津まではもうすぐで、この前下見したとおり、迷うことなく滋賀県庁に到着した。
 滋賀県庁も、近代建築の旧県庁と現代建築の新庁舎が並び立っている。旧庁舎は外装がすっかりきれいに改装されていた。旧庁舎には名建築が多く、また歴史がある分なじみも深いので、庁舎が建て替えられることになっても、市民の要望で保存されることが多いのだ。
 県庁食堂はその旧庁舎内にある。明かり取りが十分で、中は非常に明るい。滋賀県らしい献立でもないかと思ったが、特に変わったものはなかったので、無難にカレーライスにしておいた。ちなみに県庁食堂には「かいつぶり」というしゃれた名前が付いていた。
 県庁食堂は基本的に職員の福利厚生施設なので、その献立もラーメン、そば・うどん、カツ丼、カレーといった料理が中心である。手軽でなじみが深く、出すのも食べるのも時間のかからない料理だ。これに日替わり定食が加わるのが県庁食堂の基本である。力の入っているところは特産品を使ったり豊富な献立を揃えたり、名物料理を用意するなどしているのだが、そうでないところは本当に基本の献立しかない。

敢国神社
伊賀国一の宮敢国神社。例大祭を控えて静まりかえっていた。

 大津市を出て、国道1号線を東に走る。鈴鹿峠を越え滋賀県から三重県に入る。関西から東海地方に戻ってきたのだ。
 ここで寄り道をして上野市(現伊賀市)に行った。敢国神社(あえくにじんじゃ)に参拝するためだ。通り道となる国道25号線名阪国道は高速道路並みに整備された高規格道路(注3)で、緑色の標識さえ建っていたが、なんと無料で開放されている。無料高速道路を伊賀一之宮インターで降りれば、敢国神社はすぐ近くである。
 三重県も滋賀県に近い一角は、かつて伊賀という旧国だった。忍者で有名なあの伊賀で、敢国神社はその一の宮だ。神社はひっそりと静まりかえっていた。ちょっと前までは七五三で賑わっていたのだろう。社務所の方は「12月初めには例大祭があって、まだまだ忙しくなりますよ。」と仰っていた。中休みといったところだろうか。
 実は荒井が来る直前、黒装束の忍者集団が集まり、御輿を担いだり演舞を奉納する「黒党祭り」が開かれていたらしい。忍びの里らしい奇祭との評判で、ぜひ見てみたかったものである。

 神社を出た途端、雨がにわかに激しくなった。長靴に履き替え、一路名古屋を目指す。国道25号線の無料高速道路をさかのぼり、再び国道1号線を走る。「その手は桑名の焼きハマグリよ!」の台詞で知っている桑名市も通過したが、焼き蛤屋は見あたらなかった。かくして本日の宿、先日利用した名古屋ユースに着いたのは六時過ぎだった。顔を覚えてくれていたようで、職員の方が「こないだ利用してくださった方ですね。また来ていただきありがとうございます。」と挨拶してくれた。
 荷物を置き、夕食を食べに街に出る。最初に寄ったのは全品300円という居酒屋だったが、注文してから出てくるまで時間がかかるので、酒二杯と焼きそばを平らげたところで別の店を探すことにした。
 次に寄ったのはユースに近い星ヶ丘駅前にあるきしめん屋「はな咲」だ。ここでカレーあんかけきしめんを食べた。とろみのついたカレー風味のあんがかかっていて、よく温まる。「そういや昼飯もカレーだったなぁ。」と思い出しつつ食べたのだった。

由比町再び

由比町名物沖あがり
由比町名物沖あがり。桜エビに潰し玉子を絡めて半熟になったところを喰う。

 朝七時に起きたが、まわりはまだほの暗かった。ユースに頼んでいた朝食にしてから、出発の準備を整える。すっかり顔を覚えられたようで、職員さんが「長いことご滞在ありがとうございました。名古屋にお越しの際は、どうぞまたご利用ください。」と丁重に送り出してくれた。あとはひたすら国道1号線を東に進むだけである。

 名古屋市のはずれにさしかかると、「桶狭間古戦場跡」の看板が見えた。桶狭間の合戦なら歴史の教科書にも載っている。戦国時代、織田信長が当時大勢力を誇った今川義元を討ち取り、大大名にのし上がるきっかけとなった戦いだ。せっかくだからと立ち寄った。
 その桶狭間は国道1号線沿いの住宅街にある。猫の額のような緑地公園だ。桶狭間の名前こそ知ってはいるが、まさかこんな何気ない場所に何気なくあることにまずは驚いた。
 狭いながらも公園内には数々の慰霊碑が建っている。義元もここで落命したわけだ。当時信長は尾張を領しており、義元は三河から駿河までの一帯を治めていた。桶狭間はちょうど三河と尾張をつなぐ道の途中にあり、両者がここで衝突したのも納得がいく。歴史的な合戦場であることに間違いはないようだ。ちなみに当時信長27歳。荒井と同じ歳だった。青年信長はどんな志を抱いてこの戦に臨んだのだろう。少なくとも、無職の旅人荒井とは大きく違っていただろうけど。

 そこからはまじめに走った。事故や工事の渋滞をくぐり抜け、道は整備されたバイパスと町中の狭い区間を繰り返した。事故はひどいものだった。大型トラックが見事に横倒しになって大きく道をふさいでおり、消防車まで出動していた。あたりには何かが燃えて黒こげになった跡までついていた。
 懐具合が寂しくなっていた。DJEBELの残り燃料も心細い。しかも腹まで減りつつある。まずはお金をおろすため、郵便局はないかと沿線を見回しながら走っていたが見つからず、浜松、磐田を過ぎ掛川も過ぎ、大井川を渡って島田、藤枝と過ぎるうち、とうとう静岡市まで来てしまった。昼はだいぶん過ぎ、日も傾いていた。
 昼食を食べるつもりだった丸子(まりこ)名物とろろ汁の店、丁子屋(ちょうじや)は休業日だった。仕方なく、近所手越原のガソリンスタンドで、先にDJEBELのお腹をいっぱいにして、再び東目指して走っていると、静岡駅前でようやく待望の郵便局が見つかった。懐も温かくなってようやく一安心である。

 また由比町に泊まることにした。宿はすでに予約してある。由比町に着いたところで宿に行く前に、再び酒を買いに英君酒造に行った。今回買ったのは2本、大吟醸と前回買った特別純米酒だ。大吟醸は今年何かとお世話になった東京のゆうさんへのお礼用で、特別純米酒は荒井の家族へのみやげである。今度は社長の奥様が店番をしていて、酒選びや配送の手続きなど、これまた丁寧に応対していただいた。おかみさん、ありがとうございました!

 本日の宿は町内の民宿「玉鉾(たまほこ)」だ。料理屋が民宿も営んでいるというところで、半地下の一階が出入り口、表通りに面した二階が小料理屋、三階が客室になっている。その通された三階の客室は12畳ほどで、一人でこんなに使っていいのかと思ってしまうほど広かった。
 ふとテレビをつけると、荒井の地元、山形の話題が流れていた。次年子そば(じねんごそば・注4)の紹介と通販らしい。そういえばそろそろ新そばの季節。山形の黒くてごつい田舎そばも恋しくなってきた。
 夕食は由比町の海の幸をふんだんに使ったお膳だ。刺身、焼き魚はもちろん、名物桜エビのかき揚げと沖あがり。桜エビ料理を目の前に、駿河まで戻ってきたのだと感じた。今年の旅も、そろそろ終わりである。


脚註

注1・「スターフォックス」:任天堂の3Dシューティングゲーム。93年にスーパーファミコンソフトとして発売。ポリゴンによる立体表現が最大の売りで、その後いくつか続編が作られている。主人公をはじめとする登場人物は全て動物。

注2・「フォックス・マクラウド」:上記「スターフォックス」の主人公。ついでに仲間は鳥とウサギと蛙。

注3・「名阪国道」:東名阪自動車道と西名阪自動車道を接続する区間(三重県亀山市から奈良県天理市まで)が無料道路として開放されている。

注4・「次年子そば」:山形県大石田町、次年子地区で作られるそばのこと。次年子はそばの産地で、山間の集落にはそば屋が何軒も軒を連ねる。休日にはそば目当ての客で大いに賑わう。

荒井の耳打ち

郵便貯金を利用する

 長旅の場合、全財産を現金で持ち歩くのは非常に危険です。ですからどこかに口座を開き、その都度資金をおろしながら旅を続けることとなります。日本を旅するならば、一番使いやすいのは間違いなく郵便貯金のキャッシュカードです。郵便局は全国どこにでも、どんな僻地や離島にもある上、引き出す際に手数料がかからないので、どこにでも足を運びたい旅人にとっては強い味方となることでしょう。

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