南夢楽園2

宮良殿内
宮良殿内(みやらどぅんち)。島に残る王朝時代の士族の屋敷。

 狭いところでじっとしているのは苦手である。雨が途切れると、決まって島内を走り回った。目的は三つ。一つは調べ物、一つは買い出し、残る一つは暇つぶしだ。

 石垣島には渡ってきたものの、そこから先の計画は全くといっていいほど考えていない。まずは他の島に渡るため、船便を調べなければならなかった。港の発着所ですぐに判ったものもあれば、なかなか判らず、ネットで調べたところもあった。
 波照間島や与那国島へはもちろん、他の島々への船はほとんど石垣島から出ている。どの島にも旅客専用の高速船とフェリーの両方が就航しているが、高速船が頻繁に出ている一方、フェリーは週に数便程度と多くない。潮によっては欠航することもある。DJEBELとともに移動するとなると、日程のやりくりが大変そうだ。

 食べるものの買い出しに困ることはなかった。さすがは石垣市、郊外には「サンエー」やイオングループの立派なショッピングセンターがあって、必要なものは本島と変わらぬ値段で入手できる。100円ショップ「ザ・ダイソー」もある。日本最南端にして最西端のダイソーだ。根室、稚内、沖永良部とこれまでいろんなところでダイソーを見てきたが、こんなところでも見るとは思いもしなかった。
 ショッピングセンターのある界隈、真栄里(まえり)は名前の通り、石垣島で一番栄えている。空の玄関口石垣空港や八重山支庁、大きなリゾートホテルもこのあたりにある。
 石垣空港は相当ににぎわっていた。大きな荷物を抱えた旅行者はもちろん、入り口には出迎えのレンタカーやホテルの送迎車がずらりと並び、飛行機の到着を待ちかまえている。構内には立派なみやげ屋もあって、八重山名物を扱っていた。パイナップルにサトウキビ、果ては八重山かまぼこに石垣牛など、なぜか生ものまで売っている。肉なぞここで買って、そのまま機内に持ち込むんだろうか。

 本屋も数件ある。あやぱにモールに一軒、ショッピングセンターに一軒、市役所通りに一軒。離島なので入荷が数日遅れるため、雑誌は少し前の号が並べられてある。買い出しを済ませて時間がありあまっているときなど、よく立ち読みした。
 秋野さんの言うとおり、ネットカフェもあった。荒井が船便を調べたように、情報集めはもちろん、旅先で自分のサイトを更新するという人さえいて、旅人の間でもインターネットは身近なものになっている。ドミトリーにネット端末が置かれてあるのは、そういう需要に応えるためなのだ。

川平湾
川平湾。島の観光案内には必ず載っている。

 もちろん島の名所にも足を運んだ。まずは青い海と白い砂浜が売りの、島随一の景勝地川平湾(かびらわん)。入り江には小さな島がいくつか浮かんでいて、さしづめ松のない奥松島といった具合だ。浜に降りるためには林を抜けていかなければならず、その暗がりが白い浜を引き立たせている。
 荒井が行った時はあいにくのくもり空で、砂浜も海もくすんでいた。しかも遊覧船があちこちに舫(もや)ってあって、せせこましいかんじがする。すっきり晴れた時に来れば、また違っているのだろう。

 米原キャンプ場の近くには、ヤエヤマヤシの群落がある。一見ただの椰子の木だが、一属一種、八重山にしか生えていない珍しい椰子の木であるらしい。群落は山の裾野にある。海辺からそっちの方を見てみると、そのあたりだけ背の高くて葉っぱの違う木がボン、ボン、ボンと飛び出しているので、一見してそれと分かる。
 珍しいにもかかわらず、椰子林は遊歩道で気軽に見学できるようになっていて、ちょっとした熱帯雨林気分が味わえる。ところが心ない見物人も多いようで、遊歩道そばの椰子の幹には、どれも落書きが彫り込まれてあった。そういや山形のお隣、鳴子の熱帯植物園の木も、こんな具合になっていたことを思い出す。どこにいても人間のやることはそう変わらないらしい。

 沖縄一の高さを誇る於茂登岳(おもとだけ)は石垣島にある。そのため島の中央部は高原のようになっていて、そこを利用して牧畜が営まれている。牧場のあたりはダムあり草原ありと、小北海道のような風景が広がっていて、ここが南の島であることを忘れてしまいそうだった。とはいえふもとに降りれば製糖工場やサトウキビ畑などが現れ、ここが日本最南端の島の一つであることを思い出すのだ。

バンナ岳公園から見る竹富島
バンナ岳公園展望台からの風景。ぜひ現物で見ることをおすすめ。

 バンナ公園に行ったのはよく晴れた時だった。島の南にあるバンナ岳一帯に広がる森林公園で、「バンナスカイライン」という名前の付いた山道を走って行った。
 公園に「エメラルドの海が見える展望台」という、見るからにわかりやすい名前の展望台があった。四阿もあったので休憩がてら行ってみると、思わず息を呑んだ。
 名前の通り、目の前に真っ青な海が広がっていた。沖の平べったい陸地は竹富島、海の色が変わっているあたりが珊瑚礁。石垣市の街並みも手前に見下ろせる。さらに沖に目をやれば、小山の盛り上がった西表島をはじめに、小浜島、鳩間島、黒島、新城島(あらぐすくじま)などの八重山の島々が見えた。
 去りがたく、小一時間見とれていた。その間四阿には様々な観光客がやってきては、口々にきれいだなぁ、竹富島があんなにはっきり見えるよと言っていた。この展望台は、ちょっとした名所なのだ。ガイドさんの説明も耳に入ってきた。こんなに海がきれいに見えるのはかれこれ二週間ぶりだという。
 港の沖には貨物船も浮かんでいる。ガイドさんの説明に聞き耳を立てると、あれは台湾の貨物船のようだ。中国に行く途中なのだが、外交問題上、直に中国に行けないため、一度日本に立ち寄って、日本から改めて中国に行くという形をとる。しかし日本の入港料は高い上、寄港すると乗組員が勝手に船を脱走して不法入国することがあるというので、沖に待機して手続きを済まし、そのまま中国に行くのだという。こうした貨物船の錨(いかり)が石垣島と竹富島を結ぶ海底ケーブルをちぎってしまい、竹富島が大停電になることもあるそうだ。

 沖に目をこらすと、目指す日本最南端の有人島、波照間島がかすかに見えた。石垣島に来てもう数日。明日からは晴れそうだ。まずはあの波照間島に渡るとしよう。


荒井の耳打ち

「沖縄・離島情報」

 八重山を訪れる旅人の多くが手にする案内書に林檎プロモーションの「沖縄・離島情報」があります。「るるぶ」や「まっぷる」のような観光案内とは違い、見どころ情報はもちろん、船便の日程表、キャンプ場案内から、島での注意点、有毒生物情報まで、貧乏旅人や自由旅行者のディープな要求にも堪えうる、かゆいところに手が届く内容となっています。
 便利なんですが、案内書とは一種の「攻略本」ですので、頼りすぎると自分で見つける面白みが減るという観点で、荒井は人から見せてもらって間に合わせていました。とはいえ非常に役立つことは間違いないので、八重山に来たら買っておくとよいでしょう。

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