台風直撃

台風でうなる街路樹
風にあおられる街路樹。撮っている間にも、窓からは葉っぱや雨粒が飛び込んできた。

 風の音で目が覚めた。窓の外では雨交じりの風がごうごうと吹き付けている。宿の前の通りの街路樹は、風にあおられ枝がびゅんびゅん唸っていた。もちろん通りに人の姿はない。
 テレビをつけると、NHKで全国ニュースをやっていた。「台風の暴風域に入った石垣島の様子です。」と出てきたのは、さっき見ていた目の前の通りの映像だった。天気図を見れば八重山地方は見事暴風域の円内に収まっている。去年の道東に続き、どうやら自分は全国的に大変なところに来てしまったらしい。八重山に来て台風の直撃を受けるとは、予想だにしなかった。
 宿の玄関はすっかりシャッターで閉ざされ、外へ出してくれそうにもない。わずかな下のすき間からは雨水が吹き込んできて、たたきには水たまりができている。八重山の学校は早々に休校が決まり、小学校に通うおかみさんの娘さんは手持ち無沙汰で、受付のあたりでうろうろしていた。もちろん船も飛行機も、離島便は全て欠航である。この日に出るはずの船で与那国島に行くつもりだったのだけど。

 買い置きのメロンパンで朝食にした。どこにも行けないものだから、宿備え付けのコインランドリーで洗濯する。洗濯が片付くと思い出したようにテントの修繕を始めた。テントは使っているうち底に小さな穴が開くので、そこに継を当てるのだ。こないだ西表島でテントを張った時も、蟻に穴を開けられていた。専用の修繕シートを丸の形に切って、外側と内側から貼り付ける。面倒くさいが作業そのものは簡単なので、30分もあれば終わってしまう。
 やることがなくなった。テレビを見ながらゴロゴロする。離島の石垣島ではケーブルテレビが発達している。まつや旅館もケーブルテレビに加入しているおかげで、地上波以外のテレビ局があれこれ見られる。ある局では深夜に「怪傑ズバット」(注1)だの「メガロマン」(注2)だの「TRIGUN」(トライガン・注3)だのやっていたので、こちらもズルズルと見ることがよくあった。
 時折消防車らしきサイレンの音が聞こえた。この台風で土砂崩れか行方不明者でも出たのだろうか。消防署の人は大変だ。
 退屈をもてあまし食堂に行くと、オバーさんがいた。水たまりで済んでいる今回でさえ、雨は少ない方らしい。「シャッターを閉めっぱなしにしても、ひどいときには下から雨が入ってきて、家中びしょ濡れになるのさー。」 そして台風で飛んでくるのは雨だけではなかった。今日は隣の琉球銀行の看板がはずれて、宿の勝手口のところに転がっていたというのには、口をあんぐりするほかなかった。
 昼食は買い置きのカロリーメイトで済ませた。こんな台風では買い物に出ることもできないし、店だって開いているかもわからない。買いだめが必要になるわけだ。
 本格的にやることがない。こういうときは寝るしかない。ここしばらくは、天気と風まかせの日々が続いている。こんな暮らしが当たり前なら、なるほど、むやみに急いだり焦ったりするのが無意味に思えてくる。

根本から折れた街路樹
根本からひっくり返った街路樹。台風の威力を思い知る。

 昼をだいぶまわり目が覚めると、すっかり風が止んでいた。暴風域を抜けたらしい。シャッターも開いている。鬱憤を晴らそうと外に出た。
 離島桟橋では早くも明日の出航に備え準備が始まっていた。大勢が繰り出して、厳重に結んでいたロープをほどいたり、待合所の四阿の天幕を張り直したりしている。明日からはまたいつもどおりの運行に戻るのだ。
 フェリーターミナルに続く通りでは、街路樹が散々に吹き散らされたようで、道中に枝や葉が飛び散っていた。根本から折れてひっくり返っている木も二つあった。こんな光景は、これまでテレビでしか見たことがない。
 風が止むのを待っていたように、街に人が戻ってきた。あやぱにモールや島一番の盛り場美崎町には道行く人の姿が絶えない。荒井同様、みなさん屋根の下でやきもきしていたのだろう。

真仁屋そば屋

八重山支庁舎
真栄里の八重山支庁。暇つぶしによく立ち寄った。

 台風は去っていた。その後九州直撃コースを驀進し、福岡のあたりでは交通機関が止まっているというニュースに、ここでも日本が縦に長いことを妙に実感した。
 雨続きで出廻れなかった分、島でも一周しようかとDJEBELにまたがり宿を出たが、走り出して間もなく、いきなり激しい雨になった。「台風が過ぎだら、普通は晴れるもんだべ!」と、真栄里の八重山支庁で雨が小止みになるのを待ち、あやぱにモールのアーケード街に逃げてきた。
 本屋で立ち読みをしながら雨宿りをしたが、雨はますます激しくなってきて、一向に止む気配はない。結局島一周はあきらめ、あやぱにモールで時間をつぶすことにした。

 かねてから気になっていた八重山博物館を見学した。あやぱにモールからそう遠くないところにある博物館で、絵はがきが入場券になっている。船や漁具といった民具を展示していたが、どういうわけか、遺骨を納める骨壺もやけに多かった。この骨壺、全部中古品なのだろうか。

八重山博物館入場券
八重山博物館入場券、半券をもぐと絵はがきに早変わり。

 朝から何も食べてない。昼をだいぶん過ぎてから、あやぱにモールの「真仁屋そば屋」という店で、ようやくこの日最初の食事をとった。毎度おなじみ八重山そばを頼んだが、ここのそばは他と違っていて、八重山かまぼこの入っていない素朴なものだった。そばは本来、これくらい素朴な料理だったのだろう。
 店はオバー二人が切り盛りしている。調度品に三線や太鼓が飾られていた。お二人は島唄の名手で、時には店内で自慢ののどを披露することもあるそうな。

 「外の雨はどう? 今年は雨が少ないから、降ってくれるとありがたいんだけど。」

 島唄は聴けなかったが、そのかわり、島の暮らしがうかがえる話を聞くことができた。厄介者の台風も、一方ではたっぷり雨を降らせてくれるので、島にとってはありがたい水資源になるというのだ。
 そればかりではない。台風が来なければ珊瑚礁もなくなってしまう。台風が起こす高波は、海水を掻き回し水温を下げる。そのおかげで海は珊瑚が生息しやすいように保たれるのだ。そういや奄美で久保さんからも聞いていた。数年前、台風が来なかったおかげで海水温が上がりすぎ、多くの珊瑚が死滅して真っ白くなってしまったことがあると。
 荒井の地元山形では、冬の雪は邪魔者であると同時に、実は大事な水源になっている。それと同じ事が台風にも言えるのだ。自然はうまくできているものである。

 結局この日もまつや旅館に泊まることにした。昼食の後宿で一眠りしてから、今度は夕食のため近所のA&Wに行った。かねてから気になっていたスパゲティセットを注文する。ミートソースのスパゲティにハムとチーズのホットサンドが二きれ、それにフレンチドレッシングのかかった千切りキャベツが添えられてある。飲み物は懲りもせずおかわりし放題のルートビアである。フォークで食べるが、千切りキャベツを片づけるのに苦労した。
 このA&W、店内を見回すと、ご年配の方がけっこう目立つ。内地ではファーストフード屋は若者が行くものと相場が決まっているが、沖縄では若者に混じってご年配の方も、さもあたりまえのようにハンバーガーやポテトを頬張っているのだ。アメリカに占領されていた時代が長かった分、ご年配の方も若い頃からA&Wに親しんでいたのだろう。

 明日は待望の与那国島行きの船が出る。ついに日本の最西端に向かうのだ。


脚註

注1・「怪傑ズバット」:1977年に東映が制作した特撮ヒーロードラマ。原作石ノ森章太郎。主人公の私立探偵早川健が、殺された親友飛鳥五郎の仇を討つため、怪傑ズバットに変身して悪の組織ダッカーと戦うという話。毎回早川健と悪の刺客が繰り広げる日本一合戦や、宮内洋演ずる早川健の気障な格好良さなどなど、伝説を作った作品。

注2・「メガロマン」:1979年に東宝が制作した特撮番組。原作は「美味しんぼ」の雁谷哲。主人公獅子堂たかしが巨大ヒーローメガロマンに変身し、地球侵略を企む黒星族と戦うという話。話の内容よりも、連獅子のような長い髪をブン回して戦うヴィジュアルの方で有名。

注3・「TRIGUN」:1998年にテレビ東京で放送されたガンアクションアニメ。原作内藤泰弘。辺境の惑星を舞台に、凄腕のガンマンで人を殺さぬ平和主義者、ヴァッシュ・ザ・スタンピードが、強大な力で人類粛正を企む双子の兄ナイブズに立ち向かうという話。

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