それから二日は雨降りで、ライダーハウスにこもっていた。警報が出されるほどの大雨で、黒川は濁流となって激しく白波を立てている。
日本一周の自転車乗り旅野さんも、この雨でここしばらく連泊を決め込んでいる。時間を見ては小型コンピューターを取り出して、旅日記を書いていた。「こうやって旅先からホームページを更新してるんですよ。」 最近はコンピューターを持参して、旅先からその様子を、刻々とネット上で公開しながら旅をしている方も増えている。探してみるとこうしたサイトがいくつか見つけられるが、やはり現地からの報告は、臨場感があって面白い。「でもコンピューターは精密機器だから、持ち歩きや充電には気を遣いますね。あとデータも頻繁にバックアップしないといけませんし。それに重くて。」 便利な分、取り扱いはなにかと大変なようだ。
雨降りでやることがないものだから、連泊組の泊まり客は朝から談話室に集まり、備え付けの漫画本を読んでいる。部屋には結構な数の漫画本が置いてあって、泊まり客に開放されている。じゃけんさんの蔵書で、広島の実家から阿蘇まで送ってもらったものだ。ところがなぜかどの漫画も全巻の半分までしかない。「ここを立ち上げた時、実家に漫画本を半分送ってくれって頼んだんだけど、誤解されたようで、全部の漫画本を半分ずつ送ってきたんですよ。」と、じゃけんさんがそのわけを教えてくれた。
皆どこかに出かけようともせず、半分しかない漫画を読みふけっている。じゃけんさんは「ライダーハウスが漫画喫茶になったみたいだなぁ。」と苦笑していた。
とはいえ腹は減るし用事もある。そのときは外に出た。
食料はライダーハウスから歩いてすぐのところにある「ローソン」で調達できるのだが、地元の物を食べたいときは、さらに街中へと足を伸ばすことになる。
「大阿蘇」の隣にあるラーメン屋「白龍」は、熊本ラーメンがおすすめの店だが、おでんも売っていたりする。ラーメンだけ食べるつもりだったのだが、おでん鍋を見ているうちにこちらも食べたくなった。おでんはセルフ式なので好きなタネを皿に取る。たまご、はんぺん、牛スジ、さつま揚げをおともにラーメンをすする。ラーメンはにんにくが利いていた。
熊本には「太平燕(たいぴーえん)」という郷土料理がある。郷土料理というよりは、根室のエスカロップや沖縄のタコライスのように、新たにその土地の味となった料理だ。太平燕とは春雨入りの野菜スープで、もとは中華料理である。それがいつしか熊本に伝わって土着の料理となり、今や学校給食でも出てくるほどなのだが、どういうわけかエスカロップ同様、熊本以外の場所ではさっぱり食べられていない。だから最近熊本では「熊本の味、太平燕を全国に売り込もう!」という動きが盛り上がっているとか。太平燕は熊本に来てから知ったのだが、これが食べたくなって、雨を押して外に出た。
大雨警報が出ている中、DJEBELを駆って、近場の「味千ラーメン」に行ってみる。「味千ラーメン」は熊本を中心に店を構えるラーメンチェーン店だ。地場のラーメン屋だから太平燕ぐらい出しているだろうと行ってみると、案の定、お品書きにはちゃんと太平燕の名前があった。ところが注文すると素っ気なく「作ってません。」と断られた。
やむなく餃子定食を食べる羽目になったが、これがひどい代物だった。餃子は焼きが足りずに皮がべちゃべちゃ、付け合わせも冷や奴と即席味噌汁と拍子木のような沢庵だけで、700円という値段にてんで釣り合わない。これだったら件の「ローソン」の弁当の方が安くてよっぽど豪華だった。自分は大雨警報の中、何のため出かけたんだろう。
一応味千ラーメンの名誉のために書いておくが、店はフランチャイズ展開なので、応対の質や料理の出来は店舗によって違ってくる。後日本店を利用したが、こちらは非常によい店だった。
味幸に渡辺まんじゅう店、森本かしわ店に永富食品センターの他にも、内牧には地元の食べ物を扱う店がいろいろある。
中心街からは少し歩くことになるが、スーパーマーケット「みやはら」では熊本名産の馬刺しや鶏刺しを安く売っている。この馬刺しや鶏刺しを楽しみに阿蘇にやってくる旅人もけっこう多く、ライダーハウスでは荒井もたびたびご相伴にあずかった。皆さんどうもごちそうさまでした。
街中の「よしもとストアー」では、地元阿蘇産の西瓜を売っていた。こちらの西瓜は山形の尾花沢西瓜と違い、真っ黒で縞は目立たず、細長い形をしている。みんなで食おうと一つ買い、ライダーハウスの冷蔵庫に入れておいた。泊まり客で分けて食べたが、尾花沢産に劣らぬ瑞々しい西瓜だった。
ライダーハウスに洗濯機はない。洗濯の際は街のコインランドリーを利用することになる。補給や準備はぜひ内牧の商店街で、というじゃけんさんの計らいだ。
コインランドリーは地元の方の利用も多い。洗濯が終わるのを待つ間、乾燥に来た地元のおばさんとあれこれ話をした。おばさんは旦那さんが自衛隊関係者で、一時期は駐屯地がある仙台市で暮らしていたこともあるそうだ。
気が付くのは、住民の方々が気さくなことだ。こちらが単車乗りの旅人だというと、「あぁ、ライダーハウスにお泊まりですね。」と親しげに話しかけてくれる。内牧は元々温泉地なので、旅人の出迎えに慣れている土地柄なのだろうが、一年でライダーハウスをここまで浸透させたじゃけんさんの取り組みには、頭が下がるばかりである。
ここ数日の雨のおかげで、ライダーハウスは満員御礼だった。夜になればいつものように、談話室でおしゃべりが始まる。
「屋久島だったらこのライダーハウスがいいですよ!」
「福岡のここの健康ランドは利用しやすいっス。」
「そういやこっちの健康ランドで同性愛者に狙われたって聞きました!」
「新しい『ツーリングマップル』は見づらくなった!」
「沖縄に行くフェリーは奄美で途中下船できるんです。」
「沖縄国際ユースは居心地よかった!」
「四国に行くんだったら、ライダースインがお勧め!」
「ここの道の駅が野宿しやすいっス。」
北に行く旅人は南に行く旅人に自分が見てきた南の様子を伝え、南に行く旅人は北の様子を北に行く旅人に伝える。北に行く人、南に向かう人。雨続きで漫画喫茶状態とはいえ、やはりここは旅人が交差する場所なのである。
記録通信用にコンピューターを持ち歩く旅人も多いです。最大の利点はなんといっても、回線さえあれば、どこでも情報収集や通信ができることでしょう。旅先からインターネットを通じてホームページを更新し、旅の様子を実況する方もいるほどです。また、記録の二次利用が簡単なことも魅力です。日記をテキストデータとして保存しておけば、後々他のコンピュータで旅の記録を整理する時に大いに役立ちます。
旅道具としてはかさばる部類に入ること、精密機械ゆえ防水や持ち運びには気を遣わなければならないこと、充電の手間がかかること、紙に比べると記録媒体の信頼性が落ちるといった短所もありますが、コンピューターは旅道具の仲間入りを果たしつつあります。