中国地方一周達成

あこがれの羽合航路

「ハワイ海水浴場」看板
人形峠付近で発見した看板。ハワイまで25キロ?

 雨は降っていなかったが路面が濡れていた。寝ている間に一雨あったらしい。出発前に今日寄るところを確認してみると、近所に石上布都魂神社(いそのかみふつみたまじんじゃ)があることがわかったので、まずはそこに行ってみた。

 道中「ローソン」でツナタマサンドとオレンジジュースを買い、軒先で朝食にしていると、水まきをしていた店主さんに話しかけられた。「日本一周の最中なんですよ。『あのときやっとけばよかった』と後悔するのは嫌でしたので。」と言うと、店主さんは若い頃の話をしてくれた。曰く、かつて重大な選択を迫られたことがあったんですよと。

 その昔、店主さんはある企業に勤めていた。どうせやるなら世界を相手に商売したいと一生懸命仕事をしていたが、その努力が認められ、ついにアメリカ行きを命じられることになった。ところがこの時予期せぬことが起こった。親友が亡くなり、その葬式がアメリカ行きの日と重なってしまったのだ。
 友情か、出世か。重い決断を迫られたが、「葬式は一度きり、今行かなければ後悔する。」と、店主さんはアメリカ行きを断って、葬式に参列した。その結果アメリカ行きの話は流れてしまった。
 「でも後悔はしていませんよ。あの時、納得のいく選択をしたんですからね。」
 我々は忘れがちだが、人生は一度きりで、今という時間はもう二度とない。自分がいつまで生きられるかもわからない。できることといったら、行く先後悔せぬよう、その時できることを、精一杯にやるだけだ。
 「若いどぎに日本一周したんだ。仕事ば辞めで。先の見通しもねがったげど。あのどぎやっといで本当にいがったよ。んでねば今の俺はねぇがらな。」
 五十歳、六十歳になったとき、荒井は胸を張ってそう言える人間でありたい。

石上布都魂神社
石上布都魂神社。壮麗さはないが立派な一の宮だ。

 石上布都魂神社は、国道から離れた里山の中腹、猫の額のようなところにあった。一見目立たないところに建っているが、実は吉備津彦神社と並ぶ備前国一の宮なのだ。
 人はいなかったが非常に手入れが行き届いており、社殿がぴかぴかなのはもちろん、境内には塵一つ落ちていない。休憩所には由緒記や一の宮巡りの小冊子が置かれてあって、自由にもらえるようになっていた。どうやら氏子の崇敬篤いようで、小さいながらも一の宮であることを立派に主張しているようだった。

中山神社
中山神社。中国地方は内陸にも一の宮があるので、全てを廻ろうとすると結構奥の方まで行くことになる。

 それから美作国一の宮、中山神社に行った。神社がある津山市は岡山県北部の城下町で、一の宮があることからも、美作の中心地として栄えただろうことがうかがえる。現在も岡山県北の中心都市であるようで、街中には建物や車も多かった。
 神社は鳥居から参道がまっすぐに伸びており、左右には背の高い木が森を作っている。拝殿には牛の鼻輪が奉納されていた。傍らには絵馬ならぬ「絵牛」が懸けられてある。馬の代わりに牛が描かれているのだ。それというのも神社が牛の安全守護の御利益を謳っているかららしい。

 津山を出て、隣の久米町(現津山市)の道の駅に寄った。この道の駅の売りは「岡山Ζ」こと、巨大なゼータガンダム(注1)の模型だ。このゼータガンダムのことは旅に出る前から知っていて、ぜひとも見たかったのだが、ついにその現物ともご対面である。
 素材はガンダリウムではなく、鉄とFRPだ。全高は7メートルある。設定上のゼータガンダムの頭頂高が19.8メートルなので、その三分の一ほどの大きさなのだが、それでもやはりデカい。デカいから屋外にある電動シャッター付きの「格納庫」に展示されている。ただ置かれているだけではなくて、格納庫にはエゥーゴ(注2)の徽章が描かれてあったり、場内放送で森口博子の歌う「水の星へ愛を込めて」が繰り返し流されていたりと、妙に芸が細かい。さすがウェイブライダー(注3)には変形できないが、足には油圧シリンダーが組み込まれてあって、二足歩行ができるようになっているらしい。ちなみにゼータに欠かせないフライングアーマーとハイパーメガランチャーは付いていない。軽量化と「平和利用のため」省略したんだとか。
 なんでこんなものが作られて、しかもガンダムとは関係なさそうな道の駅に置いてある経緯は、日本一周に出る以前、雑誌で読んで知っている。制作者の方が久米町在住で、FRP細工を趣味としていたのだが、ある時人が乗り込んで操縦できる直立二足歩行機械を作りたくなって、それで作りだしたのだという。ゼータガンダムなのは、制作者さんがガンダムや富野由悠季(とみのよしゆき・注4)監督の熱心なファンだったというわけではなくて、たまたま目にしたゼータガンダムがカッコよかったんで、デザインを借りたのだったと記憶している。
 こつこつと制作すること7年、こうしてできあがったゼータガンダムは、以前は制作者さん自宅の庭に展示されていた。その後町内に道の駅ができ、その呼び物にと当地に移転され、現在はこうして気軽に見られるようになっている。これだけ大きいモビルスーツは、男なら誰でもカッコイイと思ってしまうようで、子供から大人まで面白がって見物していた。もちろん荒井もその一人だ。

道の駅久米の特大ゼータガンダム
「岡山Ζ」こと特大ゼータガンダム。通称「藤田版」を元にしているため、アニメ版とはだいぶ形が異なる。

 久米の名物はゼータガンダムだけではない。「徒然草」にも出てくる、女の生足を見て神通力を失ったという久米の仙人はこの土地の人物で、町のマスコットキャラクターにもなっている。久米仙は沖縄だけのものではなかったのだ。食べ物では鯖寿司と「ジャンピーアイス」なんてのがある。鯖寿司は鯖の押し寿司だ。海から遠い美作で鯖を日保ちさせるため、なれ鮨にしたのが始まりだろうと思われる。荒井は鯖好きなので喜々としてレジに持って行ったら、レジのおばちゃんに「若いのに鯖好きとは珍しいねぇ」と言われた。ジャンピーアイスは町特産のジャンボピーマンを使ったアイスで、なかなか乙な味だった。

 鯖寿司を平らげ、再び走り出す。新庄村にさしかかるとぱらぱらと雨が降ってきたので、村内の道の駅に逃げ込んだ。
 新庄村は岡山と島根を結ぶ出雲街道の宿場町だ。かの後鳥羽上皇も、この村を通って隠岐に向かったという。町の中心部には旧い屋敷や本陣が軒を連ね、表通りは日露戦争勝利記念に植えられた「がいせん桜」の並木道となっている。
 道の駅で「駅ラーメン」の昼食にした。見た目はただのラーメンだが、麺に餅の粉が練り込まれてあり、もっちりとした食感がする。食後にサルナシアイスキャンディを食った。サルナシはキウィフルーツの仲間の果物で、深山に自生している。村ではそれを里に移植・栽培して、実を取ってワインやジャム、菓子などに加工して名物にしているのだ。

新庄村のがいせん桜
がいせん桜。時期だけに葉っぱだけだったが、春は見事な桜色に染まるのだろう。

 県境を越え、米子に戻ってきた。山陰巡りもそろそろ終盤だ。ところが雨はますますひどくなってきた。左手の海と空もすっかり灰色で、右手は砂がちな平地ばかり。かわりばえのしない風景が続いた。
 早めに野宿しようと、雨をしのげそうな場所を探しながら走ると、やがて農協の長芋貯蔵施設が見つかった。このへんの砂地では長芋が大規模に栽培されているらしく、貯蔵庫の敷地は相当に広かった。
 雨がしのげてしかも人目に付かず、ささやかに一晩をしのぐにはうってつけの場所だったが、テントを張るにはまだ早かった。軒先で日記をつけるうち、雨が小止みになったので、ちょっと足を伸ばして羽合町(現湯梨浜町)の立ち寄り湯「ゆ〜たうん」に行った。一風呂浴びて外に出ると、ちょうどあたりは暗くなっていた。長芋貯蔵庫に戻り、こっそりテントを張る。夕食は戻る途中、「ローソン」でピビンパ丼を買って済ませておいた。
 天気予報では翌日も雨だった。毎度気が重くなるが、雨をしのげる場所で寝られるだけまだましではある。


脚註

注1・「ゼータガンダム」:Z−ガンダム。アニメ「機動戦士Zガンダム」に登場するモビルスーツ。モビルスーツ形態から飛行形態への可変機構を最大の特徴とする。

注2・「エゥーゴ」:AEUG。Anti-Earth Union Government(反地球連邦政府)。「機動戦士Zガンダム」で、ゼータガンダムに搭乗する主人公カミーユ・ビダンらが所属している勢力。

注3・「ウェイブライダー」:ゼータガンダムの飛行形態。

注4・「富野由悠季」:ファンには説明無用、「機動戦士ガンダム」「機動戦士Zガンダム」の監督。他代表作「無敵超人ザンボット3」「伝説巨神イデオン」「オーバーマンキングゲイナー」などなど。日本を代表するアニメ監督の一人。

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