行ってきた!

終わりでもいつも雨

てまりの湯裏
最後の野宿地、新潟県てまりの湯。最後になっても雨に降られてばかり。

 日本一周も達成し、あとは山形に戻るばかりとなった。この日の旅は、後半戦初日と二日目をなぞるような行程となった。

 朝から外は雨降りで、テントの底はびしゃびしゃだ。もはや防水加工の効き目がなくなっている。日本一周では何度もこいつの世話になった。こうなるのもいたしかたあるまい。
 小止みになったのを見計らい撤収する。やっぱり近場のコンビニでいつもの朝食にして、国道8号線で新潟市に向かった。
 新潟に近づくと大雨になった。旅の終わりも雨降りだ。凍えた初夏の北海道、命の危機を感じた恐怖の沢崎鼻、雨の北関東。雨の中目指した本州の果て。梅雨まっただ中の沖縄、台風直撃石垣島、豪雨を走りきった長崎、雨靄に煙る江の川。雨降りの全都道府県踏破達成。そもそも第一日目、北海道に出発した日から雨だった。思えば荒井の日本一周は、何度も雨に泣かされた。数えきれない雨の記憶。穴の開いた長靴は、結局買い換えることもなかった。それもゆくゆくはよい思い出となるのだろう。

 新潟市近郊で国道113号線に乗り換えた。国道345号線との分岐で海に背を向け山に入っていく。日本一周分併走した海も、この旅ではこれが見納めだ。そして間もなく「山形」の表示がある案内標識が現れた。山形はもう指呼の間である。

 国道113号線、通称「越後街道」は、新潟市を起点に山形県の南部を横断して奥羽山脈を越え、福島県の相馬市までつながっている。
 国道113号線は日本一周を志した頃から気になる道だった。勤め人だった頃、国道113号線がずっと西に延びているのを見て、どこまで行けるのだろうと不思議に思ったことがある。新潟までつながっていることは確かだったが、当時は確かめることもしなかった。それが今や、その道の先に何があるかを知っている。それどころか、国道の果てのずっと先、日本の果てまで、自分は行ってきたのだ。

 新潟から県境を越え小国町に入る。宇津峠を越えれば最上川水系、さらに進めばその最上川が見えてきた。もはや見慣れた光景、ついに荒井は我が郷土、山形県に戻ってきたのだ。荒井の帰還を歓迎しているのか、山形に来ると途端に雨が止んでしまった。
 行きにも寄った南陽市の「肉の旭屋」で、五ヶ月ぶりに手作りコロッケパンを食べる。あのときはまだ桜も見頃で、山には花見客が大勢繰り出していた。昼は向かいの「龍上海」にしようかと思ったが、行列ができていたのでやめといて、目と鼻の先のところで見つけた「えぼし庵」で板そばを食べた。「えぼし庵」は民家の軒先を客席代わりに田舎そばを食わせるという、山形ではよくある形式のそば屋さんだ。こういう店はたいていそば打ち名人のおばちゃんたちが切り盛りしていて、おおむね外れはない。それは「えぼし庵」も同じで、旨い手打ちそばが食べられる。また名店を見つけ、すっかり気をよくした。
 市内の熊野大社にも行ってみた。前来た時はここから紀州の熊野大社に思いを馳せたものだった。その紀州の熊野にも行ってきて、お守りまで手にしている。この間は旅の無事を祈ったが、今度は日本一周達成のお礼参りとなった。

えぼし庵の板そば
たまたま見つけた「えぼし庵」の板そば。地元でもまだまだ知らないことは多いもんだ!

 裏道を経由して天童市に出る。市内の二輪車屋さんに寄ってオイル交換をしてもらった。日本一周してきたと言うと、お店の方は驚いていた。さらにDJEBELの走行距離を見て驚いていた。一年半で5万キロ超。普通の乗り方をする限り、5万キロという数字は、2,3年乗っても届くものではないらしい。
 「マウンテンゴリラ」に日本一周の報告に行く。店では旅にあたって何かとお世話になった誉田さんが出迎えてくれた。勤め人だった頃は「こさ山道具屋さんがあるな。」程度の認識で素通りしていたこの店も、今や荒井の旅にはすっかり欠かせない存在となった。
 ついでにテントを見てもらうと「うわぁ〜! 使い込んだにゃあ!! よぐ山さ行ぐ人の五年分は使ってだぞ!」と、ここでも驚かれた。初めてこの店に来た時は野宿なんてやったこともなかったが、今ではどこでも寝られるようになってしまった。

 地元の街まではすぐだったが、この日もどこかにテントを張ることにして、帰るのは翌日にした。後半初日にテントを張った県民の森荒沼キャンプ場に移動し、日本一周最後の野宿をする。夕食は残り物の食料をかき集め、チキンラーメンと一緒に煮て食った。旅の始まりも野宿なら、旅の締めも野宿である。きっと日本一周が終わるのが惜しかったのに違いない。
 日本一周では様々な場所を廻り、様々な場所にテントを張ってきた。この旅では何度も荒井を風雨から守ってくれたこのテント、家に帰ったら手入れしてやろう。

旅が終わる時

対馬「ココストア」のツナタマサンドとスイートオレンジ
ツナタマサンドとスイートオレンジ。食べた回数も忘れるほど食べた旅の朝食

 一晩明けて、旅もいよいよ最終日となった。毎日のように繰り返した撤収も、この旅ではこれが最後である。
 このストーブは点火にしくじって火だるまにしたこともあった。このラジオで全国の天気予報を聴いたもんだ。乗鞍でこの寝袋にくるまってガタガタ震えたこともあったよなぁ。マット、ヘッドライト、サブザック、水筒、コッヘル、救急セット、シャツやズボン、雨合羽、シャープペンシル、IXYi、PowerShotA70、書類入れ、テント、そして荒井の分身たる大型ザックと我が相棒、DJEBEL200。
 足かけ2年、正味九ヶ月ほど。自分はこいつらとともに旅をしてきた。どの道具にも思い出があって、眺めていると、旅の先々での出来事が次々に思い出される。あれこれ道具を眺めては感慨にふけっていたため、撤収は遅れに遅れ、終わる頃にはすでに日が高く昇っていた。今まで最も手間のかかった撤収だった。

 山形市に出て、「セブンイレブン」で朝食にする。最後ももちろんツナタマサンドとオレンジジュースだ。旅の最中、朝食として何度も食べたこのとりあわぜも、これで食べ納めである。
 あとは地元の街へと戻るだけとなった。DJEBELに跨り、エンジンに火を入れる。
 来るべき時が来た。泣いても笑っても、日本一周はこれで終わる。


荒井の耳打ち

単車の利点

 単車、つまりバイクを旅の相棒に選ぶ場合、機動性や燃費など見るべき点は多いのですが、荒井は道草のしやすさを第一に挙げておきます。自動車並みの速度で移動しながらも、気になるところがあれば即停めて風景に見入ったり、寄り道したりといった真似が気軽にできるのが単車最大の利点だと思うのですが、いかがなものでしょうか。
 普通自動二輪車の免許は、普通自動車の免許を持っていれば、比較的短期間で取得できます。興味のある方はご一考を。もちろん、自動車、自転車、列車、徒歩など、それぞれ違った魅力や楽しさがありますので、自分が好きな手段を選ぶのが一番です。

旅人の便利アイテム〜長靴

 いかな防水を謳っていても、単車用の靴はすぐに水が浸みてきます。レインカバーというものもありますがさほど効果はないようです。そこで荒井が愛用していたのが長靴でした。日本一周では、バイクシューズよりも長く履いていたかもしれません。ホームセンターで安売りしているようなただのゴム長ですが、合羽と組み合わせると完璧な防水性能を発揮してくれました。また、履くのも脱ぐのも楽なので、サンダル代わりにも使ってました。荒井がサンダルを買わなかったのにはそうした理由もあります。
 どうせ買うのなら、丈の長い物を選びましょう。ケチって丈の短い物を選ぶと合羽の裾に届かず防水の用をなしません。また、シフトペダルを操作するうちつま先が減ってきますので、消耗品と考えておきましょう。そのまま使っていると穴が開いて、これまた用をなさなくなります。

旅人の自己主張

 日本一周のような旅をする場合、「日本一周中!」の旗印を掲げたり、ヘルメットなどに書いたりする方がいます。気分を高めたり気合いを入れるという点ではそれもありだと思います。
 ちなみに荒井は「日本一周ぐらいで満足していてはいけない。」と思ったので、そうした自己主張はしませんでした。もっとも、担いでいたザックが旗印みたいなものでしたけど。

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